2019年12月17日

伝承:アラハバキという神さまについて

先日、ミシャグジ(ミシャグチ、ミサクチ)という、記紀(古事記・日本書記)の時代よりはるか昔から諏訪を中心に東日本で信仰されてきた土着の神さまを紹介しました(モリヤ神とミシャグジ神)。そのミシャグジ神と同様に、記紀以前に東北地方を中心に信仰されていたアラハバキという神さまがいます
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アラハバキとは、東北地方を中心に古くから庶民の間で信仰されてきた民間伝承の神様です。どれほど古くから信仰されていたかというのも定かではありませんが、「日本書紀」、「古事記」に登場しないことから記紀以前の土着(どちゃく)の神であり、また、出雲の神よりもさらに古い時代からその土地で信仰の対象となっていた地主神でした。ただし、歴史的経緯や信憑性については諸説あります。

 

<東日流外三郡誌>
アラハバキという神様が話題になったのは、「東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)」という文書が、1970年代後半に村史として発表されてからです。この文書は、現在の青森県五所川原市にある個人宅から発見されました。そこには、アラハバキの信仰に関する古代の東北地方の歴史が書かれて、その分量は数百冊にも及んでいました。主な内容を次のようにまとめられます。

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当時、ヤマト政権(大和朝廷)は、関東から北に住む人々を蝦夷(えみし・えぞ)と呼び、たびたび反乱を起こしたとして討伐の対象とみなしていた。中央政府は坂上田村麻呂を派遣し蝦夷を平定した。ヤマトとの戦いに敗れ、東北の北の地に追いやられた蝦夷たちだったが、荒羽吐(荒覇吐)(アラハバキ)という一族の統治の下、アラハバキに対する信仰は守り続けた。その結果、この地域には、独自の津軽文明が築かれた。
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アラハバキを、大和朝廷に追われた人々が信仰する神として描いた東日流外三郡誌は、1970年代に巻き起こったオカルトブームにも乗って話題となり、新聞やテレビでも新たな発見として取り上げられました。地元の青森でも、公共の観光案内に利用された程でした。

 

しかし、この「東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)」の真偽を巡って一大論争が巻き起き、1999年に行われた調査の結果、発見者が作成した「偽書」との結論に至ってしまいました。それでも、この文書を「真書」であると主張する研究者や著名人は今も多く残っています。

 

もっとも、羽吐(荒覇吐)一族が存在せず、古代に東北に津軽文明がなかったとしても、太古からアラハバキという東北地方で信仰の対象となっていた地主神・土着神が、人々の信仰の対象になっていたということは間違いないと思われます。実際、アラハバキを祀る神社は、宮城県多賀城市の荒脛巾(アラハバキ)神社をはじめ東北地方を中心に全国にあるとされています。「東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)」の偽書という負のイメージはありますが、謎に包まれたアラハバキの実像の理解の助けになるのであれば、この文書に書かれている中身の一部や、昔から語られてきた諸説を参考にして、アラハバキの実像に近づいてみたいと思います。

 

<アラハバキの実相>
アラハバキの姿は、縄文時代の遮光器土偶(しゃこうきどぐう)(土偶=土人形)と信じられています。遮光器土偶とは、縄文時代につくられた土偶の一タイプで、一般に「土偶」といえばこの型のものが連想されています。青森県つがる市の亀ヶ岡遺跡で出土され(つがる市は、東日流外三郡誌発見の地)、重要文化財に指定されています。亀ヶ岡遺跡から出土した土偶が、それまでのアラハバキのイメージとぴったりだったことから、遮光器土偶はアラハバキを模していると解されるようになりました。

 

なお、遮光器土偶という名称は、頭部に見られる大きなゴーグルのようなものが、雪から目を守る遮光器に似ていることから、そう呼ばれるようになったそうです。実際は、ゴーグルのようなものは目を強調していると解されています。

 

<謎の神・アラハバキ>
アラハバキという神名に漢字をあてると、荒脛巾・荒覇吐・阿羅波比・顕波波木・阿良波々岐などさまざまに表記され、それぞれに意味があり、アラハバキはいまだに謎の多い神です。アラハバキは次のような性質をもつとされています。

 

■ 足腰の神
荒脛巾(あらはばき)の脛巾(はばき)とは、脛(すね)に巻く脚絆(きゃはん)のようなものを意味することから、足の神、旅人の神、さらには下半身の神として祀られています。広義には道端に祀られている道祖神として、旅の安全のみならず子孫繁栄を主とした村の守り神として信仰されていました。その際、脚絆、靴、さらには男性器(男根)などをかたどったものが奉納されることがあるそうです。

 

■ 塞の神
塞(さい)の神とは、境界を守る神、すなわち悪霊や疫病などが他の地域から侵入するのを防ぐ神のことで、道祖神と同じように国境・県境な境界に祀られる神です。ミシャグジ(チ)も塞の神と見られていましたね。土着の神には共通の特徴があるのかもしれません。

 

■ 蛇神
「アラハバキ蛇神」説は、アラハバキという名前が蛇神を表しているということからきています。蛇の古語は「ハハ」であり、「ハハキ(⇒ハバキ)」は「蛇木」を指し、波波木(ハハキ)神が顕れることから、顕波波木(アラハバキ)となると解釈されています。実際、アラハバキを祭る神社では、蛇になぞらえた幹が直立した木で、祭事が行われているそうです。日本では古くから蛇を神として祀ってきました。アラハバキもこうした背景から、蛇神と同一の神だと説かれています。

 

■ 製鉄の神
「アラハバキ製鉄の神」説は、アラハバキを祀った神社の近くには砂金や砂鉄の産地が多いことがその背景にあります。実際、前述した宮城県多賀城市の荒脛巾(アラハバキ)神社の北方に砂鉄の産地があったと言われています。また、アラハバキを祀る神社には多くのハサミが奉納されているそうです。

 

■ 女神
アラハバキが女神であるという見方は、「アラハバキ」は、もともと、アイヌの古語で女性器を表す言葉だったことからきています。アラハバキを形作ったされる遮光器土偶(しゃこうきどぐう)の凹凸も乳房や臀部など女性の体形を強調したもの解されています。実際、アラハバキは、アイヌの古語で男性器を表すクナトと一対の夫婦神として祀られていたそうです。

 

■ 客人神
客人神とは、人間社会でいう客人のように、外界からきた来訪神(らいほうしん)という位置づけで、土地の神(土着神・地主神)から招き入れられて、定住するようになった神さまです。神社の神格では、主神に対してほぼ対等か、やや低い地位とされています。

 

この説にたてば、外来の神アラハバキ神は、どの土着神から招き入れられ、祀られるようになったのでしょうか?それは出雲の神となります。しかし、アラハバキ信仰の観点から言えば、アラハバキ神は、外部からの来訪者である客人神ではなく、もともとの地主神です。つまり、客人神と地主神の主客転倒が起きているのです。この現象は、アラハバキを祀る神社ではしばしば見られる現象と言われ、例えば、(出雲系の地主神を祀るとされる)埼玉県大宮の氷川神社内には、門客人(もんきゃくじん)神社と呼ばれる摂社(神社本社とは別にある小規模な神社)があり、その神社は江戸時代まで、荒脛巾(アラハバキ)神社と呼ばれていたそうです。外部からの来訪者であった「客人神=出雲の神」が、もともとの「地主神=アラハバキ」と主客転倒したとみられています。

 

なぜ、主客転倒が起きたかと言えば、それは記紀の神話観に基づくものと解されます。ヤマト政権(大和朝廷)は、その支配を確立するために、縄文時代より人々の間で信仰されてきた神の存在を封印、あるいは国津神として出雲の神々に統合したという説があります。アラハバキも封印・統合され、出雲の神の客人神扱いされたとみることができます。

 

さらに、アラハバキ信仰の立場から極論すれば、記紀(古事記・日本書記)を日本の歴史書の正史とした、天武・持統朝に、歴史の改ざんが行われた(記紀の編者たちが張本人)という見方も可能です。もっとも、これが事実としても時の支配者が批判されるべきでありません。なぜなら、歴史というのは、常に時の勝者の目線で書かれるものだからです。ただし、記紀に示された内容が、神話とはいえ、絶対的なものではないと理解しておくことは、歴史を見る目を養うために重要なことだと思われます。

 

<参照>
日本神道:アラハバキとは?
アラハバキ・民間信仰/日本の神様辞典)
客人神(まろうどがみ)/日本の神々の話
Wikipediaなど