2019年12月07日

伝承:諏訪大社「御頭祭」は旧約聖書の再現か?

本HP「レムリア」右欄の「日本の祭り」に、「諏訪の祭り」をアップしました。諏訪大社の祭りと言えば、「御柱祭(おんばしらさい)」を思い浮かべる人のほうが多いと思われますが、かつては、「御柱祭」とともに、「御頭祭(おんとうさい)」も盛大に行われ、むしろ、「御頭祭」の方が、諏訪大社で最も重んじられていた祭りであったそうです。御頭祭では、鹿をはじめとして動物が生贄として供えられていますが、基本的に、日本にはない生贄という風習が、なぜ御頭祭では行われていたのか興味が沸いてきました。そこで、今回、諏訪神社の御頭祭(おんとうさい)について、さらに調べてみると、驚きの仮説がありました。

 

また、本投稿記事の理解のために、以下の過去の投稿記事も読まれるとさらに理解を深めることができると思います。

神社:諏訪大社と住吉大社

伝承:モリヤ神とミシャグジ神

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聖書の創世記に、アブラハムが神の命令を受けて、ひとり子「イサク」を捧げようとしたという物語があるのをご存知の方もいるでしょう。このイサク伝承が、諏訪大社に伝わり、「御頭祭(おんとうさい)」で再現されていると指摘があります。ではまず、創世記(22章)に書かれたイサクの話しを確認してみましょう。

 

イサク奉献の伝承

神はアブラハムに、愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、そこでイサクを「全焼のいけにえ」として捧げよ、と命じられた。アブラハムは、苦悩したが、結局その命令に従い、モリヤの地に向かった。そこに着くと、アブラハムはイサクを縛り、たきぎの上に横たえ、小刀を振り下ろそうとした時、主の使いが、彼の手を止められます。神はイサクの信仰の深さを試されたのでした。また、神はアブラハムに、近くの「やぶに角をひっかけている一頭の雄羊」を示された。アブラハムはその雄羊を、イサクの代わりに、全焼のいけにえとして捧げた。こののち、神はアブラハムを祝福し、ひとり子イサクを通してその子孫は繁栄しました・・・。

 

では、諏訪大社の「御頭祭」とはどういうお祭り(神事)であったのか復習してみましょう。(御頭祭を含む諏訪大社の祭りについては「諏訪の祭り」を参照

 

御頭祭(おんとうさい)

御頭祭は、かつて、諏訪大明神の子孫(生き神)とされる「大祝(おおほおり)」が神事を行い、大祝の代理として、「神の使い」としての役割を持った「神使(おこう)」と呼ばれる選ばれし童子が、信濃国中を巡って豊作祈願するために大社を出立するという形式で行われたとされています。

 

しかし、御頭祭の様式は時代ととも変遷を遂げており、さらに古い時代の儀式では、「おこう(神使)(御神)」は、「生け贄」のために、鹿肉が大量に串刺しにされた「御贄柱(おにえばしら)」と呼ばれる柱に縛りつけられたそうです。そして、人々が「おこう(神使)」を柱ごと、竹のむしろの上に押し上げると、小刀が登場します。そして、神官が御子をその小刀で刺そうとした瞬間、馬に乗った諏訪の国司の使者や御贄柱を肩にかついだ神官が現れて、御子は解放されます。この「おこう」の風習は、今日の御頭祭ではもう見られなくなりましたが、江戸時代頃まではあったそうです。

 

そうすると、童子(「おこう(神使)」)が、縄で縛られ、竹のむしろの上に置かれるあたりは、イサクが縄でしばられて、たきぎの上に置かれた光景と同じです。また、アブラハムがイサクを小刀で葬ろうとしたように、御頭祭の儀式では、「おこう」のもとにも小刀が出てきて、神官がこの御子を小刀で刺そうとしました。さらに、最後の段階で、旧約聖書では「主の使い」が現われた後、イサクは生け贄になることから免れたと同様に、童子(「おこう(神使)」)が刺されようとした瞬間、馬に乗った諏訪の国司の使者が現れて、御子は解放されて祭りは終わります。

 

加えて、御頭祭が今も普通の神道行事とは異なる「奇祭」と言われる所以(ゆえん)は、現在では剥製が使用されているとは言え、かつては、神事の際、生きた鹿がその場で殺され生贄として、鹿(の頭)が75頭も供えられていました。中世の時代には鹿が丸ごと捧kげられていた時代もあったそうです。実は、「御頭祭」の名前もここから来ています。動物のいけにえの風習のなかった日本においては、この諏訪の鹿のいけにえの風習は、たいへん奇異に見られていたというのは当然です。しかし、御頭祭が、旧約聖書の「イサクの伝承」からきていると言われれば、納得できますね。

 

ただし、旧約聖書の伝承では、少年イサクの代わりに生贄にされたは鹿ではなく羊です。日本にはもともと羊がいなかったからとの見方もありますが、その理由は、諏訪の土着神の一柱、千鹿頭神(ちかとのかみ)に関係がありそうです。その父神が鹿狩りの際、1000頭の鹿を捕獲したという逸話から、千鹿頭神と名付けられ、狩猟神として諏訪の人々に親しまれています。御頭祭に鹿の頭が供えられていたこととも関連しているような気がします。

 

さて、御頭祭で生贄にされた75頭の中に必ず一頭は耳の裂けた鹿がいたそうで、その鹿は、”神様の矛にかかったもの”と信じられ、特別視されました。この鹿は、「高野の耳裂鹿(みみさけしか)」と呼ばれ、諏訪大社の七不思議の一つに数えられています。しかし、これも旧約聖書のイサク伝承に立ち返れば、息子のイサクが解放されると、アブラハムは、「角をやぶにひっかけている一頭の雄羊」を発見し、その羊を生贄に捧げるという記述があります。そこから、その羊は「神が獲ったもの」とみなされ、イサク伝承の「角をやぶにひっかけている雄羊」と御頭祭の「(やぶにひっかけて)耳の裂けた鹿」とのつながりもあるとの見方もあります。

 

守矢氏、守屋山、洩矢神、みなモリヤ

このように、かつての諏訪大社の御頭祭は、旧約聖書の「イサクの伝承」そのものであったと言うことができます。また、アブラハムがイサクを生贄に捧げようとした場所も、「モリヤの地」と呼ばれた小高い山であったように、御頭祭が行なわれている諏訪大社は、守屋山(モリヤ山)のふもとに位置しています。

 

実際、諏訪大社の神事は、モリヤの地(守屋山)で行なわれ、モリヤ家が主宰しています。「守矢家」(モリヤ家)は、諏訪大社の御頭祭を司る「神長」(のちに神長官)という筆頭神官の位を古来より、代々世襲し、この地の祭祀と政治の実権を握ってきました(現在、守矢家の御当主は、78代目である)。守矢家の祖先神は、伝承では「モリヤの神」(洩矢神(もりやのかみ)、または守矢神(もりやのかみ))となっています((「洩矢神」は”もれやのかみ”と読まれることもある)。「モリヤの神」は、モリヤ山(守屋山)に祀られています。「モリヤ」という名は、このようにモリヤ山(守屋山)、モリヤの神(洩矢神、守矢神)、モリヤ家(守矢家)というように、様々に残っています。

 

ただし、諏訪大社の祭神は、出雲神話で有名な大国主命の子である建御名方神(たけみなかたのかみ)と、その妃・八坂刀売神(やさかとめのかみ)で、それぞれ上社本宮と前宮の主祭神です。しかし、タケミナカタの神が、諏訪に侵攻してくる以前(出雲神話では、タケミカヅチの神との力比べに負けて逃げてくる以前)、この地方で民衆が古くから信仰している諏訪大社の神は、諏訪の土着神である「ミサクチ神」(ミシャグジ、ミシャグチ)と言われています。地元の資料にも、「諏訪大社の祭政は、ミサクチ神を中心に営まれている」と記載されています。なお、前述した守矢氏が受け継いできた神長官(じんちょうかん)という役職は、神事全般を掌握するだけでなく、土着の「ミサクチ(ミシャグチ)」の神霊を呼び降ろするという祭事を担ったとされているので、やはりモリヤ氏が関わっています。

 

ミサクチ(ミシャグジ)はイサクか?

いずれにしても、諏訪大社の「御頭祭」も、この「ミサクチ神(ミシャグジ、ミシャグチ)の祭りであるということもできるかもしれません。「ミサクチ神」は、漢字では「御佐口神」と書いたり、「三社口神」「御社宮司神」「佐久神」「射軍神」「尺神」などと書いたりしますが、定説ではありません。いずれも当て字で、元来は外来語と解されています。外来語に由来するとなると、神名のミサクチ(ミシャグジ)とは、ヘブライ語系の言語で、ミ・イツァク・ティン=ミ・イサク・チ=イサクになるとの指摘があります(「ミ」は接頭語子音で日本語の「御」に相当、「チ」は接尾語)。

 

もしこの説が正しければ、ミサクチ(ミシャグジ)神は、イサク神のことであるとなります。ただ聖書では、人間は決して「神」とは呼ばないので、諏訪では、イサクをイサク神として神格化されたのかもしれません。一方、その頃の諏訪の地では、蛇神に対する信仰の色が濃い文化がありました。そうすると、マタノオロチの「チ」が「蛇」を意味すると言われているように、ミサクチの「チ」は蛇の意であるとの見方もできます。実際、ミサクチ(ミシャグチ)神そのものも、諏訪の蛇神であるソソウ神やモレヤ(洩矢)神、さらにはチカト(千鹿頭)神など、その土地の他の神々と習合して、龍蛇神や木石の神、狩猟の神という性質を持つようになったとされています。

 

このように、諏訪大社の諏訪大社の「御頭祭」は、ヤハエ信仰の人たちがイサク伝承を諏訪に伝えたことに始まり、その時点から時を経て、イサクは神格化され、諏訪の神、ミサクチ(ミシャグチ)神と習合しながから、現在のミサクチ神の姿に変貌していったと解することもできると思われます。

 

<参照>

諏訪大社の主な年中行事

天下の大祭…信濃国一之宮「諏訪大社」・御柱祭のご案内

諏訪大社に伝わるイサク奉献伝承

幻想に彩られた元祖諏訪明神「ミシャグチ」。その意外な正体とは?