帝国憲法73~75条 : 天皇だけが行える憲法と皇室典範の改正

 

私たちが学校で教えられてきた「明治憲法(悪)・日本国憲法(善)」の固定観念に疑いの目を向ける「明治憲法への冤罪をほどく!」を連載でお届けしています。今回は、いよいよ最終章となる第7章「補則」です。本章は文字通り、その他の項目ですが、この中に憲法や皇室典範の改正要件や、憲法の最高法規に関する重要な内容も含まれています。

 

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帝国憲法 第73条(憲法改正)

① 将来 此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ 勅命以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ

将来、この憲法の条項を改正する必要がある場合は、勅命をもって議案を帝国議会の議に付さなければならない(議論に託す)。

 

② ノ場合ニ於テ 両議院ハ各々其ノ総員三分ノニ以上出席スルニ非サレハ 議事ヲ開クコトヲ得ス 出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ 改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス

この場合において、両議院は各々総議員の三分の二以上出席しなければ、議事を開くことはできない。出席議員の三分の二以上の多数を得られなければ、改正の議決をすることはできない。

 

<既存の解釈>

本条は、明治憲法改正についての規定で、日本国憲法にも改正規定があるが、両者はいくつかの点で違いがある。

 

日本国憲法 第96

① この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

②憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

 

日本国憲法では、国民の代表である国会が発議するが、帝国憲法では憲法改正の議案は、必ず勅命(法律・勅令の形式によらず、天皇が国家機関に直接下した命令)によって出される。これは、(国民が定めた)民定憲法である日本国憲法と、(君主が定めた)欽定憲法の明治憲法との違いからくるものである。

 

また、現行憲法では、その国会の発議も「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」が必要である。これに対して、明治憲法においては、勅令によって出された憲法改正の議案は、各議院の総議員の3分の2で議事が開かれ、改正の決議は、各議院の総議員ではなく、各議院の出席議員の3分の2以上でなしえた。結局、総議員の9分の4の賛成で改正できるものであった。さらに、明治憲法ではその後、国民主権の表れである国民投票は求められていない。結局、憲法改正は、明治憲法より日本国憲法の方がより厳しい条件を課している。

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帝国憲法と日本国憲法の改正要件について比較をするのは何も問題ないが、日本国憲法の改正要件の方が厳しいからといって、特に国民投票の有無などから、日本国憲法の方が優れている(帝国憲法が劣っている)という議論は意味がありません。指摘されているように、日本国憲法は民定憲法であるのに対して、帝国憲法は欽定憲法であるからです。もちろん、民定憲法と欽定憲法の優劣を論じることもありえません。

 

<善意の解釈>

通常の法律案は、政府が議会に付すか、議会が提出しますが、憲法改正の議案は、必ず天皇の命(勅命)によって下されます。これは、帝国憲法は、天皇が定めたものなので(欽定憲法)、改正の権限も天皇に属しているからです。

 

その後、さらに改正案を議会に付するのは、ひとたび定まった改正案を、臣民(国民)とともに守り、政府の恣意的な(勝手な)意思で変更される事を避けるためです。

 

また、議院においてこれを議決する際にも、議員の3分の2以上の出席を求め、通常は過半数でよいところを、その3分の2以上の多数を可決の要件としていることは、憲法改正の手続きに厳しい条件をつけることで(硬性憲法)、将来に向けて、憲法を遵守していく方向性を確かなものにするためです。

 

確かに、日本国憲法の方が、憲法改正のためにより厳しい条件を付けているかもしれませんが、厳しいから優れているわけではなく、重要なことは、政府が憲法を改正しようとする際に、天皇と議会がこれを認めなければならない仕組みが作られていることです。

 

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帝国憲法 第74条(皇室典範改正)

① 皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス

皇室典範の改正は、帝国議会の議決を経る必要はない。

② 皇室典範ヲ以テ此ノ憲法ノ条規ヲ変更スルコトヲ得ス

皇室典範の改正によって、この憲法の条規(規定)を変更することはできない。

 

<既存の解釈>

皇室典範改定についての規定で、皇室事務への国会の関与を否定し、皇室典範と憲法以下の法令(法律や命令)との不干渉を定めている。現行の皇室典範は、旧皇室典範と異なり、国会の議決に基づいて制定された単なる法律の一つである。他の法律と同じですから、国会の議決でこれを改正することができる。

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皇室典範が特別な扱いをされていることに対して、「平等でない」という見解も的を射た批判ではありません。現行憲法下でも、14条(平等権)の解釈において、皇室は特別な地位は認められています。

 

<善意の解釈>

前条でも示されたように、憲法の改正は、議会の議決を経る必要がありますが、皇室典範の場合は、議会の議決を経る必要がありません。というのも、皇室典範は皇室の事を制定しているので、改正の必要がある場合には、皇族会議と枢密顧問に関する条則で制定すべきであると解されているからです。

 

しかし、皇室典範の改正により、帝国憲法を変更することはできません。これは、皇室典範の変更によって、臣民に対する人権規定などが容易に変わることがないようにするためです。そうすると、本条第2項は、特に憲法保証のための条文ともいえます。

 

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帝国憲法 第75条(摂政期間の憲法・皇室典範の改正禁止)

憲法及皇室典範ハ 摂政(せっしょう)ヲ置クノ間 之(これ)ヲ変更スルコトヲ得(え)ス

憲法および皇室典範は、摂政を置いている間、変更することはできない。

 

<既存の解釈>

憲法や皇室典範は、摂政(幼帝・女帝に代わって政務を執り行う職)がおかれている間、変更できない、つまり、天皇の外には誰も、憲法や皇室典範の改正を行う事はできないと書かれている。これもある意味、天皇の絶対性を示した条文である。
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<善意の解釈>

摂政は、天皇が政務を執れないなど、国に特別な事情が発生した場合に置かれ、天皇に変わって統治権を行使できますが、摂政に憲法や皇室典範を変更する権限までも委ねたものではありません。憲法や皇室典範に書かれた国家および皇室における根本条則は、摂政(の地位)をも凌駕するのです。つまり、天皇の外には誰も、憲法や皇室典範の改正を行う事はできません。ただし、これが天皇の絶対性を示すものであるという言い方は過剰反応であり、あくまで摂政の地位を確認したものであるに過ぎません。

 

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帝国憲法 第76条(現行法規の有効性)

① 法律規則命令又ハ 何等(なんら)ノ名称ヲ用(もち)ヰ(い)タルニ拘(かかわ)ラス 此(こ)ノ憲法ニ矛盾(むじゅん)セサル現行ノ法令ハ総(すべ)テ遵(じゅん)由(ゆう)ノ効力ヲ有ス

法律・規則・命令または何らかの名称を用いても、この憲法に矛盾しない現行の法令は、全て遵守されるべき効力を有している。

 

② 歳出上政府ノ義務ニ係(かかる)ル現在ノ契約又ハ命令ハ 総(すべ)テ第六十七条ノ例ニ依(よ)ル

歳出上、政府の義務に関する現在の契約または命令は全て第六十七条の例に従う。

 

遵(じゅん)由(ゆう):守り従うこと

 

<既存の解釈>

明治憲法最後に、「憲法に矛盾しない現行の法令(法律・規則・命令)は、法的拘束力を有する」、言い換えれば、「憲法に矛盾する現行の法令は法として認めらない」として、現行法規の有効性を述べている。日本国憲法でも同様の規定があるが、現行憲法では、明治憲法とは異なり、憲法の最高法規性(憲法が法の中で最高な地位にあること)をも明文化している。

 

日本国憲法 第98

① この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

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<善意の解釈>

本条にいう現行法規の有効性についての規定は、同時に、憲法を頂点とする法体系の確立している(憲法が最高法規である)ことを宣言しています。このことは、自明の理であり、憲法の最高法規性を敢えて明文化する必要はありませんでした。

 

 

<参照>

帝国憲法の他の条文などについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 明治憲法への冤罪をほどく!

日本国憲法の条文ついては、以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法のなりたち

 

 

<参考>

明治憲法の思想(八木秀次、PHP新書)

帝国憲法の真実(倉山満、扶桑社新書)

憲法義解(伊藤博文、岩波文庫)

憲法(伊藤真、弘文社)

Wikipediaなど

 

(2022年11月10日)