帝国憲法4条 (統治大権):「統治権を総攬」の真意

 

私たちが学校で教えられてきた「明治憲法(悪)・日本国憲法(善)」の固定観念に疑いの目を向ける「明治憲法への冤罪をほどく!」を連載でお届けしています。今回は、第1章「天皇」の第4条から16条まで規定された天皇大権について考えます。

 

天皇大権の規定は、天皇に絶対的(独裁的)な権力を与えたと一般的には批判されますが、実際はどうだったのでしょうか?最初の4条の統治大権は、天皇に全権を集中させているとして、帝国憲法(明治憲法)を批判する向きが独裁的、反民主的とみなす、特に議論される条文です。

 

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第4条(天皇の統治大権)

天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ 此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ

天皇は国家元首であり、統治権を総攬し、この憲法の規定により統治を行う

 

<既存の解釈>

前段で、天皇は日本国の元首(代表者)として、統治権(立法、行政、司法の三権)を総覧(すべてを掌握)する、すなわち天皇はすべての権力を掌握していると宣言している。もっとも、後段では、天皇が統治権の総攬を、「憲法の条規(じょうき)に従って」行うと定めているが、この部分は、臣民向けのレトリックで、帝国大学法科大学の穂積(ほづみ)八束(やつか)教授(1860~1912)は、「天皇の大権は決してこの憲法によって制限されない」と述べたとされているように、実際、天皇の統治権は絶対的であったと解されている。

 

実際、本条は、ドイツのバイエルン憲法やウェルテンベルク憲法の規定を参考にしたとされており、明治憲法下の天皇の権力は、欧州の絶対君主と同様に唯一、絶対、無制約なものなのであるとみなされていた。

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こうした批判に対して、帝国憲法4条にかけた伊藤博文と井上毅の真意はどこにあったのでしょうか?

 

<善意の解釈>

「統治権を総攬し」とは天皇が政務すべてにわたって何でも決められる権能を持つことを定めたのではありません。後段に「憲法の条規により之を行う」とあるように、天皇が独裁者のごとく独断で政治を行わないように、憲法でその権限は制限されると規定しています。

 

平たくいえば、天皇の統治権とは、「憲法の条規により」決まったことを形式的に認可する権限であると定めています。さらに、天皇は国家の元首として「統治権を総攬」するが、この憲法に従って統治し、実際の権力は臣下が責任をもって行使すると宣言しているのです。

 

後の条規に、立法権の行使については帝国議会の「協賛」を必要とし(第5条)、行政権については国務各大臣が「輔弼(補佐)」し(第55条)、司法権については裁判所が「天皇の名」で行う(第57条)と、その統治の仕方も定められています。

 

この点について、帝国憲法の起草者である伊藤博文は、自著「憲法義解」の中で、「本条はこの憲法の骨子で、憲法を創設して政治を施す(憲法政治)というものは、君主権を制限することであり、この条項が無ければ、立憲政治としての意味がなく、専制の政体となってしまう」と述べ、本条を帝国憲法の中で最重要条項と自賛したと言われています。

 

伊藤はまた、「統治権を総覧するは主権の体なり。憲法の条規により之を行ふは主権の用なり」とも述べ、帝国憲法は立憲主義の憲法であることを強調しています。この主権の「体」と「用」の意味は、天皇は主権の「体(本体)」として統治権を総攬しますが、統治権にかかる実際の運用(「用」)(=諸問題の対応)については、下の機関に委任するということです。

 

このように、伊藤博文らは、帝国憲法によって天皇の絶対化を図る意図をもっておらず、前条や本条、さらには第55条などの条規をもって、天皇を政治争点化させないように配慮したと解されています。帝国憲法下でも、天皇は統治の総攬者として「象徴」たる地位を有する存在であったのです。

 

以上、天皇の統治大権についてみてきましたが、帝国憲法では、4条に続き、立法大権(5条)、法律裁可・公布・執行大権(6条)、議会招集・開会閉会・衆議院解散大権(7条)を定めています。

 

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第5条(天皇の立法大権)

天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法ヲ行フ

(天皇は帝国議会の協賛をもって立法権を行う)

天皇は帝国議会の協賛(賛同と同意)により立法権を行使する

 

<既存の解釈>

立法権は天皇にあり、帝国議会は天皇の立法権を支える協賛機関にとどまっている。これに対して、国民主権を謳った日本国憲法では、国民の代表者からなる国会が立法権を行使する。

 

日本国憲法 第41条

国会は、国の唯一の立法機関である

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これに対して、帝国憲法を起草した伊藤博文と井上毅が5条を定めた真意はどこにあったのでしょうか?

 

<善意の解釈>

天皇が立法権を行使する際には、天皇が独裁的に単独で行うのではなく、必ず議会の協賛の上で行使しなければならないということを定めた条文です。具体的には、天皇は内閣に法案を提出させるか、または議会の提案により、両院の同意を経た後にこれを裁可します(次条に規定)。

 

また、本条は帝国憲法の支柱とされる「五箇条の御誓文」の第一「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ(広く議論の場を設け、諸事を議論に基づいて決定すべし)」に照応するものです。議会制に基づく立憲政治を採用することを掲げている点において、帝国憲法の中でも重要な条項です。

 

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第6条(天皇の法律裁可・公布・執行大権)

天皇ハ法律ヲ裁可シ 其ノ公布及執行ヲ命ス

天皇は法律を裁可し、その公布と執行を命じる

 

<既存の解釈>

法律は、天皇の裁可(承認し許可すること)によって実質的に完結する。とういうことは、天皇には法律を裁可しないという権限もあった。立法の制定には議会の協賛を要するが、天皇の裁可が無ければ法律として成立しなかった。これはある意味、天皇には「拒否権」があり、立法に天皇の関与が不可欠であった。これに対して、現行憲法には、天皇の裁可権についての規定はない。

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これに対して、帝国憲法を起草した伊藤博文と井上毅が6条を定めた真意はどこにあったのでしょうか?

 

<善意の解釈>

帝国議会で審議された法律案が、天皇の「裁可」があってはじめて法律として成立するという規定は、かつて日本で、「法を読みて、宣(のり)とす」、「法律は即ち王言である」とされていた伝統的な考え方に基づいています。

 

そうすると、確かに、法律が王命であるということは、天皇が裁可しない権限(いわゆる拒否権)もあるのかという疑問がでてくるかもしれません。しかし、実際の運用の面では、前出の「五箇条の御誓文」の第一「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ」の精神に基づいて、帝国議会の適正な審議を経た法律案は「公議」「公論」を尊重するという精神から不裁可にしないのが「憲政の常道」として望ましいとみなされていました。

 

ここにも、帝国憲法下の天皇は、独裁的に決定するのではなく、議会の決定を重んずるという立憲政治の主体であることが示されています。実際、帝国議会において昭和天皇は、議会が可決した法律案について、大権を行使して不裁可にしたことは一度としてありませんでした。

 

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第7条(天皇の議会招集・開会閉会・衆議院解散大権)

天皇ハ帝国議会ヲ召集シ 其ノ開会閉会停会 及衆議院ノ解散ヲ命ス

天皇は帝国議会を召集し、開会・閉会・停会および衆議院の解散を命じる

 

<既存の解釈>

天皇の召集なく議員が集まり、議論・議決をしても法的効力はなく、また、開会の前・閉会の後における議事も無効とされるなど、天皇の絶対的な立場が強調されていると言える。

 

日本国憲法では、こうした本条に規定する大権は、前条同様、すでに他の機関によって実質的に意思決定されたものを公証する名目的・形式的儀礼的行為である国事行為の一つになっている。しかも、このような国事行為ですら、天皇は必ず内閣の助言と承認の下で行わなければならない。

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これに対して、帝国憲法を起草した伊藤博文と井上毅が7条を定めた意図は次のようなものでした。

 

<善意の解釈>

本条は、天皇の立憲君主としての形式的な行為として、天皇の議会召集、開会閉会、衆議院解散大権を定めています。したがって、天皇による議会招集・開会閉会・衆議院解散大権の行使は、現在と同様に、名目的・形式的儀礼的行為です。

 

 

<参照>

帝国憲法の他の条文などについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 明治憲法への冤罪をほどく!

日本国憲法の条文ついては、以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法のなりたち

 

 

<参考>

明治憲法の思想(八木秀次、PHP新書)

帝国憲法の真実(倉山満、扶桑社新書)

憲法義解(伊藤博文、岩波文庫)

憲法(伊藤真、弘文社)

 

(2022年10月26日)