帝国憲法31条 (非常大権):国家緊急権のない憲法は臣民を守れない!

 

私たちが学校で教えられてきた「明治憲法(悪)・日本国憲法(善)」の固定観念に疑いの目を向ける「明治憲法への冤罪をほどく!」を連載でお届けしています。今回は、第2章「臣民権利義務」の「非常大権(31条)」について、「軍人への適用(32条)」とともに考えます。

 

とりわけ、帝国憲法(明治憲法)を批判する向きは、天皇の非常大権が、国民の人権を侵害する手段として利用されたとみなしています。実際はどうだったのでしょうか。本条は、日本国憲法改正の動きが進むにつれて、帝国憲法8条、9条とともに議論が紛糾することが予想される国家緊急権に絡む条文です。

 

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第31条(非常大権)

本章ニ掲(かか)ケタル条規(じょうき)ハ 戦時又ハ国家事変(じへん)ノ場合ニ於テ 天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ

本章に掲げた条規は、戦時または国家事変の場合において、天皇大権の施行を妨げることはない。

 

<既存の解釈>

本条は、いわゆる「天皇の非常大権」を規定した条文で、戦時または国家事変において、本章に掲げられた臣民(国民)の権利、義務に関する規定の一部または全部を停止できる権限を天皇大権(帝国議会の協賛を受けずに行使される天皇の権能)として認めている。天皇が帝国議会の参与なしに国家行為を行うことができるとする非常大権は、人権保障を危うくするおそれがあり、こうした規定は日本国憲法にはない。

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これに対し、非常大権に関する伊藤博文と井上毅の意図は次のようなものでした。

 

<善意の解釈>

帝国憲法では本条において、国家に緊急事態が発生した場合、天皇は非常大権を保持し、臣民の権利に優先されるとする「天皇の非常大権」について定めています。帝国憲法の起草者である伊藤博文は次のように天皇の非常大権の重要性を、「憲法義解」の中で指摘しています(以下要約)。「

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すぐれた船長は転覆や沈没を避け、乗客の生命を救うために必要なときは、その積荷を海中に投棄しなければならないこともある。また、良将は全軍の敗北を避けるために、やむを得ない時期にあたって、その一部隊を見捨てる場合も避けられない。

 

これと同じように、国家元首である天皇は、国家の非常時において、その存立を保持するために、最後の手段として、法律や臣民の権利の一部を犠牲にしなければならない場合もでてくる。この国の存立と保持のために採る行動は、天皇の元首としての権利だけでなく、最大の義務でもある。従って、国家にもしこの非常大権がない場合、国家権力は非常時に際して、その職責を尽くす手段がないことになってしまう。

 

常識で考えても、世界各国の憲法をみれば、このことを明示し、あるいは明示しないにかかわらず、非常時の国家権力の発動を認めていない憲法はない。国家は戦争など非常時には何らかの必要な処分を行なわなければならないからである。(要約ここまで)

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この伊藤博文の見解に立てば、現行憲法において、国家緊急権(緊急事態条項)についての規定がないというのは、国の存立と国民の生命や財産を、国家は守らないと言っていることに等しくなります。

 

ただし、伊藤は平時において、みだりに非常大権を持ち出して、臣民の権利を蹂躙することは、各国の憲法は決して許さないことであるとして、天皇の非常大権を政府が濫用することのないようしっかりと戒めています。

 

 

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第32条(軍人への適用)

本章ニ掲(かか)ケタル条規(じょうき)ハ 陸海軍ノ法令又ハ紀律(きりつ)ニ牴触(ていしょく)セサルモノニ限リ軍人ニ準行(じゅんこう)ス

本章に掲げた条規で、陸海軍の法令または規律に抵触しないものに限り、軍人にも適用される。

 

<既存の解釈>

本章(臣民権利義務)で保障された人権は、軍人に対しても適用されると定めているが、陸海軍に関する法令や紀律に抵触することがない限りという留保がついている。つまり、陸海軍の法令または規律に抵触するものは、軍人には適用されない。

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<善意の解釈>

本章に掲げる臣民の権利義務が軍人に適用されない(陸海軍の法令または規律に抵触する)具体的な事例としては、現役軍人は集会、結社を行って軍制または政治を論じることはできない、また、政治上の言論、著述、図書の刊行及び請願の自由をもたないといったことなどがあげられます。これらは、国家を守る軍人は、軍法や軍令を遵守し、専ら服従を第一の義務とするからです。

 

 

<参照>

帝国憲法の他の条文などについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 明治憲法への冤罪をほどく!

日本国憲法の条文ついては、以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法のなりたち

 

 

<参考>

明治憲法の思想(八木秀次、PHP新書)

帝国憲法の真実(倉山満、扶桑社新書)

憲法義解(伊藤博文、岩波文庫)

憲法(伊藤真、弘文社)

Wikipediaなど

 

(2022年11月1日)