帝国憲法23~25条 (人身の自由):現在と変わらぬ刑事手続きの規定

 

私たちが学校で教えられてきた「明治憲法(悪)・日本国憲法(善)」の固定観念に疑いの目を向ける「明治憲法への冤罪をほどく!」を連載でお届けしています。今回は、第2章「臣民権利義務」の中の「人身の自由(23~25条)」について主に考えます。

 

戦前、自白を唯一の証拠として、拷問など過酷な取り調べがまかり通っていたとされていますが、帝国憲法では、次の第23条から25条で、自由権の中の「人身の自由」(国家から勝手に身柄を拘束されない権利)を保障していました。

 

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帝国憲法 第23条(身体の自由)

日本臣民ハ法律ニ依(よ)ルニ非(あら)スシテ 逮捕監禁(かんきん)審問(しんもん)処罰ヲ受クルコトナシ

日本臣民は法律によることなく、逮捕、監禁、審問、処罰を受けることはない

 

<既存の解釈>

本条は、逮捕、審問、処罰される際など刑事手続きにおける人権保障を規定しているが、前条同様、「法律ニ依(よ)ルニ非(あら)スシテ」という留保がある。つまり、法律の規定がなければ、逮捕、監禁、審問、処罰を受けることはないとしているが、逆に言えば、法律が許せば、逮捕、監禁、審問、処罰できるということになる。

 

実際、明治憲法下において、治安警察法や治安維持法など、社会主義運動等を弾圧する様々な治安立法がなされた。

 

治安警察法(1900年制定)は、政治活動の制限や、労働・農民運動の抑圧を目的とした法律で、集会・結社の届け出の義務や秘密結社の禁止を定め、ストライキを事実上禁じていた。

 

また、治安維持法(1925年制定)は、国体(天皇主権の国家体制)の変革や、私有財産制の否認、共産主義思想の波及を目的とした組織の参加者などを処罰する法律で、日本共産党員が大検挙されただけでなく、軍国主義化の中で拡大適用され、自由主義者から宗教家なども弾圧された。治安維持法による被害は、明らかな獄死者65人、拷問・虐待が原因の獄死者114人、病気その他の理由での獄死者1503人にも上るという資料なども残されている。

 

このように、戦前のわが国では、犯罪の捜査の場面で、捜査官憲による不法な逮捕や監禁、取り調べ中の拷問などがあり、個人が非人道的に扱われる例が多々あった。このため、日本国憲法では、個人の身体への過酷な抑圧を徹底的に排除するため、人身の自由についての規定が、諸外国に例をみないぐらい詳細に盛り込まれている。

 

まず、逮捕の段階で、不当に逮捕されない権利としての令状主義が憲法で保障されている。警察が容疑者を逮捕するには、犯罪を捜査する機関(警察官や検察官など)ではなく、法の専門家である司法官憲(裁判官)が発する令状(捜索令状)を原則必要としている。

 

日本国憲法 第33条

何人も,現行犯として逮捕される場合を除いては,権限を有する司法官憲が発し,且(か)つ理由となっている犯罪を明示する令状によらなければ,逮捕されない。

 

また、立証においては、証拠よりも本人の自白が偏重されていた。そのため、捜査機関は、自白させるために拷問を加えることが多くあった。「拷問」は、特に明治憲法時代には、法律上禁止されていたにもかかわらず、憲法には拷問を禁止する規定はなかった。現憲法では拷問を絶対に禁止である。

 

日本国憲法 第36条

公務員による拷問及び残虐な刑罰は,絶対にこれを禁ずる。

 

さらに、明治憲法において、現在では取り調べや裁判の段階で当然認められている自己に不利益な供述を強要されない権利(自己負罪拒否権≒黙秘権)がなく、その自白を拒否することもできなかった。そのため多くの冤罪が発生したといわれている。

 

日本国憲法 第38

  1. 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
  2. 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
  3. 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

 

そのほかにも、不当に抑留・拘禁されない権利や、弁護人依頼権などの規定が明治憲法には欠けていた。

 

日本国憲法 第34条

何人も,理由を直ちに告げられ,且つ,直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ,抑留又は拘禁されない。又,何人も,正当な理由がなければ,拘禁されず,要求があれば,その理由は,直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

 

このように、帝国憲法下においては、刑事手続きにおける人権保障は23条で定められていたものの、その保障内容は極めて不十分なものであった。

 

明治憲法23条が、逮捕、審問、処罰される際など刑事手続のすべてを、憲法より下位の法律に委ねていたのに対し、日本国憲法は、身体を拘束する場合に必要な手続きの基本的要件を、上に示した条文で規定することにより、法律によっても侵しえない憲法上の保障まで高めたのである。

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では、こうした批判に対して、帝国憲法23条を定めた伊藤博文と井上毅の真意はどこにあったのでしょうか?

 

<善意の解釈>

本条は、逮捕、審問、処罰など刑事手続きにおける人身の自由(身体の自由)についての規定です。現代訳をさらに意訳すれば、「逮捕、監禁、審問を受けるとしたら、それは法律に記載されている刑事手続きに従って行われる」となります。

 

ここでは、「法律ニ依(よ)ルニ非(あら)スシテ」と前条同様、法律の留保がありますが、これは、法律の正文によらずにいかなる行為も処罰することはできない、政府は法律に基づかなければ臣民の身体の自由を侵害できないと、政府の犯しがちな臣民の身体への侵害行為に対して抑制をかけています。

 

帝国憲法を起草した伊藤博文も憲法解説書「憲法議解」のなかで、本条の逮捕、審問、処罰など刑事手続きについて以下のように述べ、警察など司法官憲に対して、努めて慎重かつ緻密な行動を求めています。

 

「1)法律によらず人を逮捕、監禁または苛酷な行為をした警察官、司法官や刑務官は、その罰を私人より重くし、そして審問の方法に至っては、警察官に委ねず、必ずこれを司法官に訴えさせ、2)弁護及び公開を行い、3)司法官または警察官が被告人に対して罪状を供述させるために凌虐(りょうぎゃく)を加えるものには重ねて処断する。4)およそ法律の正条によらない処罰は、裁判の効力はないもの、5)拷問及びその他中古における罪の裁き方は、歴史上のかつての事績として、現代に繰り返されることはない。」

 

そして、「本条がこれらの内容をさらに確固たるものとし、臣民に対する人身の自由は安定的に保障されていく」とまとめています。

 

このように、帝国憲法第23条の「日本臣民ハ法律ニ依(よ)ルニ非(あら)スシテ 逮捕監禁(かんきん)審問(しんもん)処罰ヲ受クルコトナシ」の一文にはさまざまな意味が含まれていたのです。

 

帝国憲法を批判する人々は、旧憲法では、刑事手続きにおける人権保障だけが23条で定められ、実際の保障内容は極めて不十分であったのに対して、日本国憲法では、人身の自由について特に諸外国に例をみないぐらい詳細に定められていると主張します。

 

しかし、伊藤が補足説明した内容を整理すると、驚くべきことに、日本国憲法にあって帝国憲法にないと批判されている人身の自由における規定の多くが網羅されていることがわかります。伊藤博文が解説した引用(要約)に筆者がふった番号の部分が、現憲法でいえばどの条文に相当するかを以下に示しました。

 

1)不当に逮捕されない権利(日本国憲法33条)、不当に抑留・拘留されない権利(同34条)

2)公開裁判を受ける権利(同37条1項)、弁護人依頼権(同37条3項)

3)自己に不利益な供述を強要されない権利=黙秘権(同38条1項)

4)罪刑法定主義(どのような行為をすれば犯罪となってどのような刑罰が科せられるかをあらかじめ法律で定めておかなければならない)(同31条)

5)拷問の禁止(同36条)

 

簡潔を旨とする帝国憲法では、言外にさまざまな意味が込められています。帝国憲法23条の「日本臣民ハ法律ニ依(よ)ルニ非(あら)スシテ 逮捕監禁(かんきん)審問(しんもん)処罰ヲ受クルコトナシ」の短文に日本国憲法が保障する5つの条文の内容が含まれていました。

 

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第24条(裁判を受ける権利)

日本臣民ハ 法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルヽコトナシ

日本臣民は、法律に定められた裁判官による裁判を受ける権利を奪われることはない。

 

なお、裁判を受ける権利は、人権の性質上の分類では人身の自由ではなく、受益権(国務請求権)に入ります。

 

<既存の解釈>

本条では、臣民(国民)に裁判を受ける権利を保障しているが、同様の権利は日本国憲法(第32条)でも定められている。さらに、現行憲法では、刑事事件について別の条文で、公平な裁判だけでなく、迅速な裁判、公開裁判を受ける権利を保障、かつその裁判において、証人審問権、証人喚問権、弁護人依頼権など刑事被告人に対して徹底した権利を定めている。

 

日本国憲法 第37

  1. すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
  2. 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
  3. 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

 

では、これに対し、帝国憲法を起草した伊藤博文の同条に対する考えは、帝国憲法について自ら解説した「憲法義解」の中にその真意を見い出すことができます。

 

<善意の解釈>

本条は、臣民の裁判を受ける権利を規定していますが、前条同様、言外に多くの意味が含まれています。まず、伊藤博文によれば、「法律ニ定メタル裁判官」とは、当該事件を処理する権限のある正当な裁判官、また政治権力の牽制を受けない独立した裁判官という意味です。さらに、「法律ニ定メタル裁判官ノ裁判」の規定によって、法律により構成、設置された(正当な管轄権を持つ)裁判所で、裁判を受けることも保障されています。

 

こうして、本条により、臣民(国民)は、政治権力から独立した正当な裁判官による公平な裁判所の裁判を受ける権利が保障され、例えば社会的弱者で資産がなくても、権勢のある者を相手にしても法廷では対等に主張を戦わせ、裁判官に対して情状を弁護することができるようになったのです。裁判を受ける権利は日本国憲法でも同様の規定があります。

 

日本国憲法 第32条

何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

 

なお、「日本国憲法の方が被告人に対してより手厚い権利を与えている」とされる日本国憲法第37条の内容の多くは、帝国憲法23条の中に含蓄していることは、既に前条の「善意の解釈」の中で指摘しています。

 

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帝国憲法第25条(住居の不可侵)

日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外(ほか) 其(そ)ノ許諾(きょだく)ナクシテ住所ニ侵入セラレ 及捜索セラルヽコトナシ

日本臣民は法律に定めた場合を除き、その(住民の)許諾なしに住居に侵入されたり、捜索されたりすることはない

 

<既存の解釈>

明治憲法では、不当に許可なく住居を侵入・捜索されないと住居の不可侵を規定しているが、「法律ニ定メタル場合ヲ除ク」という「法律の留保」があるので、法律によってその権利が制限されうることも可能であった。

 

日本国憲法でも、同様の規定があるが、さらに、書類や所持品を押収されない権利も明文化されている。また、明治憲法にはない令状主義についての規定もある。前出の逮捕令状の場合と同様に、個人の住居に侵入、捜索する際にも、捜索令状を原則必要としている。これは、捜査する側が不当な行為に至ることがないように徹底して、国民の住居の安全を保障しているのである。

 

日本国憲法 第35条

  • 何人も,その住居,書類及び所持品について,侵入,捜索及び押収を受けることのない権利は,第33条の場合を除いては,正当な理由に基づいて発せられ,且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ,侵されない。
  • 捜索又は押収は,権限を有する司法官憲が発する各別の令状により,これを行う。

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これに対して、同じく伊藤博文の「憲法義解」に基けば、次のように解釈することができます。

 

<善意の解釈>

帝国憲法で保障された臣民の住居の不可侵の規定によって、各自の安静の場所である住居の安全(私生活の安全)を保障されるようになりました。仮に、警察など司法官憲や収税官が、民事、刑事、行政処分のいずれかを問わず、法律の規定によらずして、臣民の家宅に侵入し、書類、所持品を捜索・押収することがあれば、すべて、憲法の見地から不法行為とみなされ、刑法で処罰されます。

 

このように、帝国憲法では、第23条から第25条の3つの条文で、日本国憲法が第31条から第39条で保障している人身の自由(一部受益権)を、ほぼ同様に保障していると言えます。もちろん、明文規定されていなかったがために、後世の一部の政治家や軍人に悪用され、帝国拳法の内容が骨抜きになれたという事実は認めなければなりません。

 

 

 

<参照>

帝国憲法の他の条文などについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 明治憲法への冤罪をほどく!

日本国憲法の条文ついては、以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法のなりたち

 

 

<参考>

明治憲法の思想(八木秀次、PHP新書)

帝国憲法の真実(倉山満、扶桑社新書)

憲法義解(伊藤博文、岩波文庫)

憲法(伊藤真、弘文社)

Wikipediaなど

 

(2022年11月1日)