日本国憲法83~86条 (財政):意外と妥協したGHQ

 

日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。今回から第7章の「財政」に入ります。

 

憲法に基づいて国の政治を行うことをいう立憲主義は、国王の恣意的な(勝手な)権力の行使を防止するために生まれました。そして、歴史的に国王の恣意的な権力行使の典型は課税であり、財政の問題でした。そうすると、憲法にかなった政治を実現するためには、課税など財政の権限を、政府ではなく、国民の代表者の集まりである議会に与えることが必要になると言えます。

 

アメリカ政府は、日本の内閣が議会に対し責任を負っていなかったために、予算に関する議会の権限が限定されていたとみなしていました。ですから、アメリカ政府が作成し、GHQに指示したとされる報告書「日本の統治体制の改革」(SWNCC228)においても、「予算に関する完全なる権限を、国民を代表する立法府に与えること」と断言しています。これが、国民に対して責任を負う政府をつくるというアメリカ政府とGHQの占領政策の目的を実現する重要な手段と考えていたようです。では、日本国憲法における「財政」はいかなる規定となったのでしょうか?

 

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◆ 83条(財政立憲主義)

国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。

 

国の財政を国民の代表機関である国会の管理統制下に置くという財政の基本原則を定めています。財政は行政に属し、内閣の権限です。それゆえに、内閣が行う財政は、国会による民主的な管理下に置かれなければなりません。このような原理を財政立憲主義または財政民主主義(財政国会中心主義)といいます。

 

財政立憲主義に関する規定は、帝国憲法にはありませんでした。では、現行の83条はどのような経緯で完成したのでしょうか?総司令部が提起した草案です

 

GHQ

租税を徴(ちょう)し、金銭を借入れ、資金を使用しならびに硬貨および通貨を発行し、およびその価格を規整する権限は、国会を通して行使さらるべし。

 

この草案は、連邦議会の立法権限を定めた合衆国憲法第8条のいくつかの項目をつなぎ合わせたものであると推察されます(下線は筆者)。

 

合衆国憲法 第1章第8 条

[第1 項]連邦議会は、つぎの権限を有する。合衆国の債務を弁済し、共同の防衛および一般の福祉に備えるために、租税、関税、輸入税および消費税を賦課し、徴収する権限。但し、すべての関税、輸入税お よび消費税は、合衆国全土で均一でなければならない。

[第2 項]合衆国の信用において金銭を借り入れる権限。

[第5 項]貨幣を鋳造し、その価格および外国貨幣の価格を規制する権限、ならびに度量衝の基準を定める権限。

 

このGHQ案を受けて、政府はどう対応したかというと、「租税の賦課等は、あとの条文に出てくる」として、3月2日案には入れませんでした。つまり、政府は、このGHQ案を「無視」したのです。

 

しかし、GHQ側は、「財政一般について国会の議決に基づくべきことを定める基本規定である趣旨を明らかにするべきである」とし、徴税や借り入れなどの財政行為を「国の財政を処理する権限」としてまとめ、全文を復活させました。

 

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◆ 84条(課税、租税法律主義)

あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。

 

「租税の新設・変更は、法律で定めなければならない(国会の議決が必要である)」として、租税法律主義の原則を定めています。

 

本章の冒頭でも述べたように、近代市民革命は、専制君主による恣意的な租税の賦課から反発して起こったという側面がありました。ですから、市民革命によって新たに成立した近代憲法では、租税の賦課・徴収について、租税を賦課される国民の代表の意見が反映されなければならないという思想が生まれたのでした。

 

アメリカでも、茶条例、印紙条例など本国の都合で、植民地側に勝手に課税したことに対する反発として叫ばれた「代表なければ課税なし」のスローガンの下で独立戦争が戦われました。租税法律主義は、この代表なければ課税なしの思想に由来する原則で、アメリカを起源としていると言っていいのかもしれません。

 

ただし、合衆国憲法には、現行84条のように直接、租税法律主義を定めた条文はありません。そうした中、総司令部が提示した草案は次のようなものでした。

 

GHQ

  1. 国会の行為により、または国会の定むる条件によるにあらざれば、新たに租税を課し、または現行の租税を変更することを得ず。
  2. この憲法発布において、効力を有する一切の租税は、現行の規則が国会により変更せらるるまで引き続き現行の規則に従い徴集せらるべし。

 

では、GHQは何を元にして草案を作ったのかというと、意外なことに、租税法律主義を定めていた帝国憲法に酷似しています。GHQも帝国憲法を参考にした可能性があります。

 

帝国憲法第62条(課税)

新(あらた)ニ租税(そぜい)ヲ課シ 及(および)税率ヲ変更スルハ 法律ヲ以(もっ)テ之(これ)ヲ定ムヘシ

新たに租税を課したり、税率を変更したりするには、法律で定めなければならない。

 

帝国憲法第63条(現行税制の継続)

現行ノ租税(そぜい)ハ 更(さら)ニ法律ヲ以(もっ)テ之(これ)ヲ改(あらた)メサル限(かぎり)ハ 旧(きゅう)ニ依(よ)リ之(これ)ヲ徴収(ちょうしゅう)ス

現行の租税は、更に法律で改めない限りは、もとの法律によって租税を徴収する。

 

GHQ案を受けた政府の3月2日案も、帝国憲法第62条と63条を一つにまとめたものとなっています。

 

3月2日案

租税を課し、または現行の租税を変更するは、法律を以ってすることを要す。
現行の租税はさらに法律を以って、これを改めざる限は、旧により(元の法律により)これを徴収す。

 

結局、帝国憲法改正案では、文言としては後段を削除する形で、現行の84条と同じものが議会に提出され成立しました。

 

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◆ 85条(国費の支出、国の債務負担)

国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。

 

本条は、83条で定めた財政立憲主義の理念を、前条の収入の面に続き、国の支出の面について明確にしています。

 

「国費の支出」とは、国の諸般の需要を充たすための現金の支払いのことで、国費の支出についての議決は、次の86条で定める予算に対する議決という形で行われます。

 

「国が債務を負担する」とは、国の財政上の需要を充たす上で必要な経費を調達するために債務を負うことです。典型的な例が国債(借金の証書)の発行です。この国の債務負担に関しては、帝国憲法においても規定されていました。

 

帝国憲法第62条(課税)

国債ヲ起(おこ)シ 及予算ニ定メタルモノヲ除ク外(ほか) 国庫(こっこ)ノ負担トナルヘキ契約ヲ為(な)スハ帝国議会ノ協賛(きょうさん)ヲ経(ふ)ヘシ

国債を起債したり、予算に定めたりするものを除いてそれ以外に国の負担となる契約を結ぶ時は、帝国議会の協賛(同意)を経なければならない。

 

これに対して、国の債務に関するGHQ案は次のようなものでした。

 

GHQ

充当すべき特別予算なくして(債務)契約を締結すべからず。また国会の承認を得るにあらざれば、国家の資産を貸与できない。

 

「国家の資産を貸与」するという慣行は、これまであまり聞いたことがないのではないでしょうか?GHQ案は日本に馴染まない規定といえ、政府案をみても、GHQ案をどうするというよりも、これを「無視」する形で、実質的に帝国憲法第62条第2項を復活させています。

 

3月2日案

国債を起しおよび予算に定めたるものを除くの外、国庫の負担となるべき契約を為すは、国会の協賛を経べし。

 

これについてGHQは異議を唱えることなく、原則、政府案のままとなった帝国憲法改正案は議会に提出され成立しました。

 

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◆ 86条 (予算)

内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。

 

予算は内閣が作成し、国会が議決するとして、内閣の予算作成権と国会の予算審議権を規定しています。予算に対する国会の関与については帝国憲法においても次のように定められていました。

 

帝国憲法第64条(予算の議会協賛)

  • 国家ノ歳出(さいしゅつ)歳入(さいにゅう)ハ 毎年予算ヲ以(もっ)テ帝国議会ノ協賛(きょうさん)ヲ経(ふ)ヘシ

国家の歳出歳入は、毎年予算によって決め、帝国議会の協賛(同意)を経なければならない。

 

  • 予算ノ款(かん)項(こう)ニ超過シ 又ハ予算ノ外(ほか)ニ生(しょう)シタル支出アルトキハ 後日帝国議会ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス

予算項目の額から超過したとき、または予算以外に生じた支出があるときは、後日帝国議会の承諾を求める必要がある。

 

GHQ(総司令部)は、予算に関するGHQ案として、二つの条文を起草し、予算の内容だけでなく、その増額修正や新項目の追加に関することなども詳細に定めました。

 

GHQ

内閣は、一切の支出計画ならびに歳入および借入予想を含む次期会計年度の全財政計画を示す年次予算を作成し、これを国会に提出すべし。

 

GHQ

  1. 国会は予算の項目を不承認、減額、増額もしくは却下し、または新たなる項目を追加することができる。
  2. 国会はいかなる会計年度においても借入金額を含む同年度の予想歳入を超過する金銭を支出してはならない。

 

GHQは、予算に関して、詳細過ぎるほどの内容を草案に書き込んだ印象を受けます。これは、マッカーサーに対日占領政策を指示したアメリカ本国の方針に基づいたものと予想されます。既に何度も紹介しているSWNCC(国務・陸・海軍三省調整委員会)の「日本の統治体制の改革」報告書に、次のような下りがあります。

 

――――――

予算は、立法府の明示的な同意がなければ成立しないものとすること。

立法府は……予算のどの項目についても、これを減額し、増額し、もしくは削除し、または新項目を提案する権限を、完全な形で有するものであること。

――――――

 

しかし、政府は、GHQ案に対する3月2日案で、総司令部案を簡約にし、帝国憲法第64条第1項の形に近いものとしました。

 

3月2日案

国の歳出歳入は毎年予算をもって国会の協賛を経るべし

 

その後、GHQとの「協議」を経て起草された帝国憲法改正案は、GHQ案と3月2日案の簡潔な折衷案の形でまとめられ、現行86条の内容となりました。

 

 

<参照>

その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法の成り立ち

 

        

<参考>

憲法(伊藤真 弘文堂)

日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法を知りたい(毎日新聞)

NHKスペシャル「日本国憲法誕生」

アメリカ合衆国憲法(アメリカンセンターHP)

Wikipediaなど

 

(2022. 9. 28)