日本国憲法81条:違憲審査権は司法重視の米国製

 

日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。今回は、第6章「裁判所」の中の違憲審査権についてです。

 

違憲法令審査権とは、国会が作る法律や行政の命令などが、憲法に反していないかをチェックする裁判所がもつ権限のことです。これにより三権分立が確保されます。違憲審査権は言わば、国民の憲法上の自由や権利を実現するための「最後の砦」の役割を果たします。

 

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第81条(違憲審査権)

最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

 

最高裁判所は、国会が作るすべての法律、内閣や省庁が定めるすべての命令(政令・省令)や規則、または行政機関が行う処分(決定)が、憲法違反でないか、合憲かを決定することができる(最終的に裁判する)終審裁判所であると、裁判所による違憲法令審査権を規定しています。

 

 

<付随的審査制vs抽象的審査制>

 

ただし、裁判所が違憲審査権を行使できる(合憲か違憲かの判断を下すことができる)のは、具体的な訴訟事件の解決に必要な場合のみであると解されています。これを難しい憲法用語で「付随的審査制」といいます。

 

例えば、戦後、警察予備隊令という法律が制定され、警察予備隊(今の自衛隊の前身)が創設された時、ある国会議員が、憲法9条違反だといって訴えた事件では、具体的な訴訟事件が提起されていないことを理由に訴えを却下した判例もあります(「警察予備隊違憲訴訟」)。これがもし、海外へ派遣された警察予備隊が、現地で戦闘行為に巻き込まれ死者を出したといった事件があれば、話しは別です。

 

少し難しい表現をすれば、日本において、裁判所は、「付随的審査制に基づいて違憲審査権を行使できる」ということになります。この付随的審査制と対局にあるのが、抽象的審査制です。

 

抽象的審査制では、具体的な訴訟事件の有無にかかわらず、一般的・抽象的な違憲審査も行います。自衛隊の海外派兵そのもの(実際に派遣されたかされなかったかなどとは無関係)の是非などついても違憲審査の対象となります。

 

抽象的審査制を採用している国では、最高裁判所は事件を解決する(通常の訴訟を扱う)司法裁判所としてだけではなく、憲法判断をする(違憲審査を行う)憲法裁判所という性格を持ち合わせます。実際には、ドイツ、フランス、イタリア、オーストリアなど多くの欧州大陸諸国では、通常の(司法)裁判所とは別の特別裁判所として憲法裁判所を置いています。

 

日本が付随的審査制を採用している理由は、言うまでもなくアメリカがそうだからです。日本の司法制度も、アメリカの司法審査の制度を継受したわけです。

 

さらに、アメリカや日本のように、通常の司法機関が違憲審査権を有するのは、世界ではむしろ少数派と言われています。これも、アメリカは歴史的に、議会よりも司法を信頼してきたという背景があります。独立前のアメリカでは、植民地の代表は本国イギリスの議会に議席すらなく、イギリス議会の制定する圧政的な法律に苦しめられてきました。ですから、アメリカ国民は、伝統的に議会に対する不信感が強く、議会がおかしな法律を作れば、裁判所に訴えて救済してもらうというように司法に対して信頼を置いています。ですから、現在でもアメリカは、何でも裁判沙汰になる訴訟国家なのです。

 

このアメリカの「伝統」が日本の司法制度にも導入されて、(司法)裁判所が違憲審査権を保持する現行の81条が生まれたと言えそうです。

 

 

<81条制定のプロセス>

 

では、GHQは、その違憲審査制を、どのように日本国憲法に盛り込もうとしたのでしょうか?総司令部案をみてみましょう。なお、今、説明した背景から、帝国憲法には違憲審査権に関する規定なく、政府の憲法問題調査委員会(松本委員会)の憲法改正試案にも起草されませんでした。

 

GHQ

  1. 最高法院は、最終裁判所なり。法律、命令、規則または官憲の行為の憲法上、合法なりや否(いな)やの決定が問題となりたるときは、憲法第三章に基く、または関連するあらゆる場合においては最高法院の判決をもって最終とする法律、命令、規則または官憲の行為の憲法上合法なりや否やの決定が問題と為りたる、その他のあらゆる場合において、国会最高法院の判決を再審することを得。
  2. 再審に付することを得る最高法院の判決は、国会議員全員の三分の二の賛成をもってのみ之を破棄することを得。国会は最高法院の判決の再審に関する手続規則を制定すべし。

 

かなり長い草案文になっていますね。GHQ案を整理すると以下のように解釈できるでしょう。

 

GHQ案(要約)

最高裁判所は、人権を侵害する一切の法律、命令、規則または処分について、違憲とできる権限を与えられた終審裁判所である。ただし、その他(基本的人権以外)の事項における最高裁の違憲審査権の行使は、再審に付し、国会の3分の2の多数決で覆すことができる。

 

このGHQ草案に対して、日本側は、総司令部との折衝の際に、議会が司法の最終審査を覆しうる条項が入っていることに異議を唱えます。実際、欧米諸国でも、議会にそうした権限はありません。

 

これを受けたGHQもこの指摘を受けれ、帝国憲法改正案では、議会による再審の規定は削除されました。

 

また、当初GHQ案で、日本国憲法第3章の規定、すなわち基本的人権に関する法令や行政行為にだけ与えられていた最高裁判所の最終審査権は、三権分立の見地から、結果的にすべての事件において付与されることになりました。

 

帝国憲法改正案

最高裁判所は、終審裁判所である。
最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する。

 

 

<参照>

憲法(伊藤真 弘文堂)

日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法を知りたい(毎日新聞)

アメリカ合衆国憲法(アメリカンセンターHP)

Wikipediaなど

 

(2022年9月26日)