財産権 (29条):GHQによる土地国有化の試み!?

 

日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。第3章の「国民の権利及び義務」の中から、今回は、資本主義体制の根幹である財産権に関する規定です。29条成立の過程には、GHQの意外な目論見が見え隠れしていました。

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第29条 (財産権)

  1. 財産権は、これを侵してはならない。
  2. 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
  3. 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

 

<29条の内容>

第1項では、国民一人一人が各自で、土地、株式、特許権、河川利用権などの財産を所有できるという財産権を保障しています。財産権の保障は同時に、各自が所有している財産は、国家権力によって勝手に奪われないことを意味します。

 

その具体的財産権の保障を強化するために、生産手段の私有を保障した(個人が財産を持っていいという)私有財産制度も保障されています。憲法で私有財産制が制度的に保障されているので、日本が社会主義国家に変わることは、憲法が改正されない限り、不可能です。日本国憲法が前提とする社会体制は、資本主義経済体制なのですね。

 

第2項では、第1項で示された財産権の具体的な内容は、(憲法より下位の個々の)法律によって定められると述べています。また「みんなのため」「他者の人権との調整のため」を意味する「公共の福祉」による財産権の制限を認めています。これは、社会的公平と調和の見地から、財産権に制約を加える法律をつくったとしても、経済的社会的弱者保護などのための政策であれば、許容されるという意味です。

 

第3項では、「正当な補償」と「公共のために用いる」ことを条件として、私有財産を公共用地に提供させたり、使用に制限をかけたりできることを規定しています。「公共のために用いる」とは、学校や病院、鉄道や道路の建設など、不特定多数人の利益をはかる公共事業のためには私有財産を提供してもらったり、戦後の農地改革のように公共の利益のために収用された財産を、他の個人に分配してもらったりする(特定人の利益をはかる)場合があげられます。

 

「正当な補償」については、私有財産に対して制約することがあれば、常に補償しなければならないというのではありません。正当な補償が必要なのは、「公共の福祉のために用いる」場合で、かつ特定の個人に対して、「特別の犠牲」を課す場合に限ります。

 

まとめると、日本国憲法第29条は、「財産権は保障される、しかし、公共の福祉のために制限されることもある、もっともそれが「特別な犠牲」の場合は「正当な補償」がなされる」と謳っています。

 

 

<29条の出自>

財産権については、帝国憲法においても所有権の不可侵という形で保障されていましたが、「正当な補償」や「公共の福祉による制約」についての規定はありませんでした。

 

帝国憲法第27条

  1. 日本臣民(しんみん)ハ其(そ)ノ所有権ヲ侵サルヽコトナシ 

日本臣民は、所有権を侵されることはない

  1. 公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依(よ)ル

公益のために必要な処分は、法律で定めにしたがって行われる

 

これに対して、アメリカ合衆国憲法では「正当な補償」を含めて財産権を保証していますが、公共の福祉による制約については定められていません。

 

アメリカ合衆国憲法(修正第5条)

何人も、正当なる法の手続きによらないで、生命、自由或いは財産を奪われることがない。正当な、補償なしに、私有財産を公共の用のため収用されることはない

 

そうすると、日本国憲法第29条の「模範」となった法規といえば、ここでもワイマール憲法ということになるかもしれません。

 

ワイマール憲法(第153条)

  1. 所有権は憲法により保障される。その内容およびその限界は、法律によって明らかにされる。
  2. 公用徴収は、公共の福祉のためにのみ、かつ、法律の基礎にもとづいてのみ、これを行うことができる。公用徴収は、国の法律に別段の定めがないかぎり、適当な補償を給して行われる。補償の額については…(後略)。
  3. 所有権は義務を伴う。その行使は同時に公共の福祉に役立つものであるべきである。

 

なお、GHQによる日本国憲法草案(マッカーサー草案)作成に影響を与えたとされる民間の憲法研究会でも、財産権に関して29条につながる内容を提起していました。

 

憲法研究会「憲法草案要綱」

一、経済生活は国民各自をして人間に値すべき健全なる生活を為さしむるを目的とし正義進歩平等の原則に適合するを要す
各人の私有ならびに経済上の自由は、この限界内において保障される
所有権は同時に公共の権利に役立つべき義務を要す
一、土地の分配および利用は、総ての国民に健康なる生活を保障し得るごとくなされるべし(以下略)

 

 

<29条成立の経緯>

さて、GHQは、松本委員会(憲法問題調査委員会)による試案が財産権規定について、帝国憲法第27条を現状維持するとしていたため、財産権に関して以下のように3つの条文からなる詳細な草案を作成しました。

 

◆ GHQ案(番号付けは筆者)

  1. 財産を所有する権利は不可侵なり。然れども財産権は公共の福祉に従い法律により定義せらるべし。
  2. 土地および一切の天然資源の究極的所有権は、人民の集団的代表者としての国家に帰属する。
  3. 国家は土地または、その他の天然資源をその保存、開発、利用または管理を確保または改善するために、公正なる補償を払いて収用することができる。
  4. 財産を所有する者は、義務を負う。その使用は、公共の利益の為たるべし。国家は公正なる補償を払ひて、私有財産を公共の利益のために収用することができる。

 

この中で、GHQ案の2番目の草案は、スターリン憲法さながらの国有化宣言に等しいものであることに驚きを隠せません。この条項だけをとれば「日本の共産化が図れた」という陰謀論も否定できないような気がします。

 

スターリン憲法(第5条)

ソ同盟(ソ連邦)における社会主義的所有は、国有の形態か、もしくは協同組合的(=コルホーズ的)所有の形態をとる。

 

GHQ案を受け、政府は当然のように二番目の草案を削除し、他の規定についても大幅な文言調整を試みました。

 

◆ 3月2日案

  1. すべての国民は、その財産権を侵さるることなし。
  2. 財産権の内容および範囲は公共の福祉に反せざる限度において法律をもってこれを定む。公共の福祉のため必要なる処分は法律をもってこれを定む。ただし公正なる補償を与うることを要す。
  3. 財産権は義務を伴う。その行使は公共の福祉のために為さざるべきものとする。

 

その後、GHQ側との「再協議」の中で、総司令部側も2項の削除についてはさすがに了承しました。もし、この土地の国家所有に関する条項が削除されなかったら、日本の土地は国有制になっていた可能性もあったのです。

 

経済的自由権である財産権が、同じ経済の自由である「居住・移転及び職業選択の自由」が定められた22条の前後ではなく、どうして、一連の社会権規定(25条~28条)の後に書かれたのか疑問だったのですが、マッカーサー草案の段階で、29条の財産権規定は、土地や財産の国有化を意図した社会権規定と見なされていたのかもしれません。

 

いずれにしても、資本主義の原則を守った政府の3月2日案は、さらに文言調整がなされた後、帝国憲法改正案となって議会に提出、修正なく通過しました。

 

 

<参照>

その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法の成り立ち

 

        

<参考>

日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法(毎日新聞)

NHKスペシャル「日本国憲法誕生」

憲法研究会「憲法草案要綱」

世界憲法集(岩波文庫)

ドイツ憲法集(第7版)(信山社)

Wikipediaなど

 

(2022年8月12日)