日本国憲法13条(幸福追求権):出所は米独立宣言

 

日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。今回は、第3章の「国民の権利及び義務」の中の幸福追求権(13条)についてです。13条は、個人の尊厳を守るという日本国憲法の究極目的を示す重要な条文と位置づけられています。

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第13条 (個人の尊重・幸福追求権)

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 

  • 13条の解釈

 

本条は、個人主義の精神を謳い、国民の生命・自由・幸福追求という権利を定めています。「個人として尊重」は、国家権力から個人の尊厳を守るという憲法の究極的目的を示しています。その意味で第13条は、日本国憲法の実質的な出発点と位置づけられています。

 

そして、「個人として尊重」されるためには、「生命、自由」が保障され、各人が自己の決定に基づいて「幸福を追求する権利」が保障される必要があります。したがって、この各個人の生命、自由、幸福を追求する権利は、公共の福祉に反しない限り、国会をはじめとする政治の場において、最大限に尊重されなければならないと述べています。

 

また、「幸福追求に対する国民の権利」は、「幸福追求権」と呼ばれ、それ自体が特定の行為を保障する人権ではなく、包括的基本権(包括的人権)に分類されます。ですから、13条に明文化された幸福追求権は、保障されていない諸権利も含むものとされ、「新しい人権」を保障する根拠となると解されています。

 

新しい人権」とは、日本国憲法施行後、憲法に書かれていなくても、時代の変化・社会の変革に伴い、新たに人権として保障する必要があると考えられるようになった権利のことをいい、裁判の判例で明確に認められたものに、「人格権」、「プライバシー権」、「肖像権」があります。

 

このように13条は、自由権とか社会権とか個別的な人権の基礎をなす、基本的人権保障の総則的規定とされる条文です。

 

 

  • 13条の成り立ち

 

では、日本国憲法の人権規定の中核といえる13条は、いかなる過程を経て成立したのでしょうか?

 

国家よりも個人に最も重い価値を置く考え方を「個人主義」といい、この個人主義は、欧米社会の基本理念です。日本国憲法が、その個人主義の思想に立脚し、「生命、自由、幸福追求の権利」を国民に保障したということは、13条はアメリカから「輸入」された条文であると予想されます。実際、「生命、自由及び幸福追求の権利」の部分は、アメリカ独立宣言から採られたと言えるでしょう。

 

<アメリカ独立宣言>(抜粋)

われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、そのなかに生命、自由および幸福の追求が含まれることを信ずる。(下線は筆者)

 

戦前までの日本は、他のアジア諸国もそうであったように、伝統的に「個人」よりも「家」や「社会」を重んじていたので、個人主義の思想はあまり馴染まない考え方でした。従って、本条のような個人の尊厳や幸福追求権のような包括的な権利を規定した条文は帝国憲法にはありませんでした。

 

GHQ(連合国軍総司令部)は、マッカーサー3原則の三番目(「日本の封建制度は解体される」)の趣旨に従って、日本の封建的な家制度の解体と、欧米流の個人主義を日本に定着させることを狙って、当初、以下のような草案を作りました。

 

<GHQ(総司令部)案>

日本国の封建制度は終止すべし。一切の日本人はその人類たることにより個人として尊敬せらるべし。一般の福祉の限度内において生命、自由および幸福探求に対するその権利は、一切の法律および一切の政治的行為の至上考慮たるべし

 

総司令部案に基づき日本側が起草した政府案(「3月2日案」)では、封建制度の廃止に関する部分は不必要であるとして削除しました。

 

<3月2日案>

すべての国民は個人として尊重せらるべく、その生命、自由および幸福の追求に対する権利は公共の福祉に抵触せざる限り、立法その他諸般の国政の上において最大の考慮を払はるべし。

 

この日本政府の修正にはGHQも応じ、その後、文言調整が行われただけで、現行憲法の13条となりました。もっとも、GHQ案の「日本国の封建制度は終止すべし」は、次の14条で具体的に謳われており、GHQ側が黙って引き下がったわけではありませんでした。

 

 

<参照>

その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法の成り立ち

 

        

<参考>

日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法(毎日新聞)

日本国憲法:制定過程をたどる (毎日新聞 2015年05月06日)

世の中がわかる憲法ドリル(石本伸晃 平凡社新書)

憲法問題(伊藤真 PHP新書)

憲法(伊藤真 弘文社)

世界憲法集(岩波文庫)

アメリカ合衆国憲法(アメリカンセンターHP)

ドイツ憲法集(第7版)(信山社)

Wikipediaなど

 

(2022年8月1日)