被疑者の権利 (33~35条):憲法には詳細過ぎる?

 

日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。第3章の「国民の権利及び義務」の中から、人身の自由(自由権)を包括的にうたった31条の「適正手続の保障」の具体的な権利である被疑者の権利(33条~35条)についてです。

 

冤罪(えんざい)とは、罪がないのに罰せられること、無実の罪、濡れ衣のことです。どうして無実の人が有罪となってしまうのかを考えると、事件発生から「逮捕―勾留(取り調べ)―起訴―裁判」という一連の刑事手続きの中に、その原因がありそうです。冤罪は不当逮捕に始まると言ってもいいかもしれません。日本国憲法では、不当逮捕がなされないように第33条で「逮捕の要件」を規定し、同条から35条において、被疑者(逮捕から裁判までの段階の名称)の権利を定めています。

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  • 第33条(逮捕の要件)

何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

 

不当に逮捕されないための権利として、逮捕に関する「令状主義」の原則を規定しています。31条で、逮捕という手続きが法律で適切に規定されていることが求められていましたが、逮捕されるには、国会で制定された法律が認めているだけでは十分でなく、そのうえに裁判所による逮捕令状(逮捕許可状)が必要だとして、さらに慎重を期しているのです。つまり、犯罪の捜査に当たる警察官は、自らの判断で、逮捕が必要かどうかを判断するのではなく、裁判官に判断を委ねることで、捜査機関(警察官)による不当な逮捕を防ごうというわけです。

 

明治憲法において、法定手続きの保障の一環として、「逮捕」に関する規定はありましたが、令状主義の原則は定められていませんでした。

 

帝国憲法第23(身体の自由)

日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ 逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ

日本臣民は法律によることなく、逮捕、監禁、審問、処罰を受けることはない

 

そこで、GHQは逮捕要件を明確に打ち出しました。

 

GHQ案

何人も裁判所の当該官吏が発給し訴追の理由たる犯罪を明示せる逮捕状によるにあらずして逮捕せらるること無かるべし。ただし犯罪の実行中に逮捕せらるる場合はこの限りにあらず

 

これを受けた日本政府案(3月2日案)と、その後GHQとの「協議」の結果、完成した帝国憲法改正案です(帝国憲法改正案がそのまま現行の33条になった)。

 

3月2日案

何人といえども現行犯罪の場合を除くのほか、正当なる令状によるにあらずして逮捕せらるることなく、かつ正当の理由なくして拘禁せらるることなし。拷問は之を禁止す。

 

帝国憲法改正案

何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

当初の政府案(3月2日案)との違いは、拘禁と拷問に関する規定がそれぞれ別々の条文(第34条と36条)となったことです。

 

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令状主義に基づいた正当な逮捕であったとしても、被疑者の身柄が拘束されている間に、無実の罪を着せてしまう恐れがあります。そこでGHQは、逮捕した身柄を拘束し続けるにあたって、不当(不法)に身柄が拘束(抑留・拘禁)されないように、拘束される者に保障されるべき権利を、憲法改正案に定めました。

 

抑留=身体の比較的短期の拘束をいう。一時的に身体を拘束されること。逮捕後の留置。

拘禁=身体の比較的長期の拘束をいう。継続的に身体を拘束されること。

 

 

  • 第34条(抑留・拘禁の要件)

何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

 

本条は、不当に抑留・拘禁されない権利を規定しています。前段は、抑留や拘禁をされる場合には、①「理由」(犯罪事実)を「直ちに」を知らされることと、②弁護人を依頼する権利を「直ちに」与えられることを保障しています。

 

後段で、拘禁される場合にだけ、①拘禁するための正当な理由があること、②その正当な理由が公開の法廷で開示されることを当時者が要求できる、ということをその条件としています。どうして拘禁される場合にだけ、特別な規定を設けているかといえば、拘禁は長期に渡って身体が拘束をされるので、当事者にとっては、かなり人権侵害に当たるからです。

 

日本国憲法の弁護人依頼権を含む抑留・拘禁の要件についての規定(34条)は、帝国憲法(明治憲法)にはなく、松本丞治憲法担当大臣の憲法問題委員会でも、提起されませんでした。そこで、GHQは、抑留・拘禁の要件について以下のように起草しました。

 

GHQ

何人も訴追の趣旨を直ちに告げらるることなく、またはただちに弁護人を依頼する特権を与へらるることなくして、逮捕または拘留せられざるべし、何人も監禁せらるることなかるべし。何人も適当なる理由なくして拘留せられざるべし。要求あるときは右理由は公開廷にて本人およびその弁護人に面前においてただちに開示せらるべし。

 

これを受けた日本政府案(3月2日案)では、前述したように、現行の33条の逮捕要件の中に拘禁要件も組み入れました。

 

3月2日案(現行33条の日本政府案と同じ)

何人といえども…正当の理由なくして拘禁せらるることなし。…

 

つまり、当時の日本政府は、3月2日案の中に、拘禁要件も書き入れてあるので、GHQ案は不要として削除した形になりました。しかし、議会に提出する帝国憲法改正案を起草する際に、GHQの圧力で元にもどされ、現行の34条が定められました。

 

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日本国憲法33条では、逮捕(身体拘束)時の令状主義を規定していましたが、住居での捜索や押収の際にも令状主義が求められます。なぜなら、一連の刑事手続きの過程で行われる警察など捜査機関による住居への勝手な立入りも、重大な人権侵害の一つだからです。そこで、GHQは、住居への不可侵についての規定を草案に加えました。

 

第35条(住居の不可侵等)

  1. 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第33条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
  2. 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

 

第1項では住居への不侵入、捜索・押収されない権利を規定しています。ただし、例外として、33条の場合(逮捕が適法に行なわれた場合)、つまり現行犯逮捕や令状による逮捕など適法な逮捕の場合」には、(住居への侵入、捜索や押収のための)令状は不要と定められています。

 

第2項に書かれた「各別の令状」とは、その都度、令状が必要ということです。これは、捜査機関がいつでもどこでも捜索や差押えをできる一般令状を禁止していることを意味します。一度の令状でいつでもどこでも捜索や差押えを行うことがないように注意を促しています。

 

明治憲法でも、不当に許可なく住居を侵入・捜索されないと住居の不可侵を規定していました。しかし、「法律に定めたる場合を除く」という「法律の留保」があるので、法律によってその権利が制限されうることもありました。

 

帝国憲法第25条(住居の不可侵)

日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外(ほか) 其(そ)ノ許諾(きょだく)ナクシテ住所ニ侵入セラレ 及捜索セラルヽコトナシ

日本臣民は法律に定めた場合を除き、その(住民の)許諾なしに住居に侵入されたり、捜索されたりすることはない

 

日本政府の憲法問題調査委員会(松本委員会)試案でも、帝国憲法第25条の部分を改訂しましたが、大きな変更は加えませんでした。これに対して、GHQは、「法律の留保」の部分を削除したうえで、極めて詳細に過ぎるぐらいの内容の草案を日本政府に提示しました。

 

GHQ案

  1. 人民がその身体、家庭、書類および所持品に対し侵入、捜索および押収より保障せらるる権利は、相当の理由に基づきてのみ発給せられ、ことに捜索せらるべき場所および拘禁または押収せらるべき人または物を表示セル司法逮捕状によるにあらずして害せらるること無かるべし。
  2. 各捜索または拘禁もしくは押収は、裁判所の当該官吏の発給せる格別の逮捕状により行はるべし

 

これを受けた日本政府案(3月2日案)では、GHQ案を簡略化すると同時に「法律の留保」を戻しました。

 

3月2日案

  1. すべての国民は、法律によるに非ずして、住所に侵入せられ、および捜索せらるることなし。
  2. 緊急の場合を除くのほか住所の侵入、捜索および押収は、正当なる令状に基くに非ざればこれを為すとことを得ず。

 

しかし、その後、GHQとの「協議」の結果、議会に提出する帝国憲法改正案の段階では、「法律の留保」の部分は再度削除され、条文の長さもGHQ案に近い形(多少は短くなった)に再変更させられました。また、日本政府の3月2日案の「すべての国民は」は「何人も」に戻されています。

 

帝国憲法改正案

  1. 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
  2. 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

 

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このように、日本国憲法では第33条から第35条まで逮捕、拘留(抑留・拘禁)に対する保障、住居不侵入など被疑者の権利を別条で具体的に定めていますが、憲法の中に、これほど詳細に分けて書き込む必要があったのかと疑問視する向きもあります。

 

実際、合衆国憲法には、拘留に関する権利と住居不侵入(捜索・押収に対する保護)の権利、さらに令状主義が一つの条文にまとめられています(なお、逮捕の要件そのものについては書かれていない)。

 

合衆国憲法修正第4

国民が、不合理な捜索および押収または抑留から身体、家屋、書類および所持品の安全を保障される権利は、これを侵してはならない。いかなる令状も、宣誓または宣誓に代る確約にもとづいて、相当な理由が示され、かつ、捜索する場所および抑留する人または押収する物品が個別に明示されていない限り、これを発給してはならない。

 

一方、ワイマール憲法やスターリン憲法では、2つの条文に分けて、被疑者の権利を保障していました。

 

ワイマール憲法(第114条)(非拘束自由の原則)

人身の自由は不可侵である。公権力による人身の自由の侵害、または剥奪は、法律に基づいてのみ許される。自由が剥奪される者に対しては、遅くとも翌日に、いかなる機関により、かついかなる理由から自由の剥奪が命ぜられたかを知らされなければならない。これらの者に対しては、遅滞なく、その自由剥奪に対する異議を申し立てる機会が与えられるべきである。

 

前段で、適正手続きの保障(日本国憲法第31条に相当)が定められ、後段では、日本国憲法34条(拘留・抑留の要件)に近い内容が含まれています(GHQが参考にした可能性が高い)。

 

ワイマール憲法(第115条)(住居不可侵の原則)
各ドイツ人の住居は、その者の聖域であり不可侵である。例外は、法律にもとづいてのみ許される。

 

これに対して、ソ連のスターリン憲法では、被疑者の権利について、拘留の要件(127条)と住居の不可侵(128条)を保障しています。また、127条の「裁判所の決定、もしくは検事の許可がなければ…」の部分は、逮捕の要件ではありませんが、令状主義の表れと解することもできます。

 

スターリン憲法(第127条)(拘留に対する保護)

ソ同盟の市民は身体の不可侵を保障される。いかなるものも、裁判所の決定、もしくは検事の許可がなければ拘留されることがない。

 

スターリン憲法(第128条)(捜索・押収に対する保護)

市民の住居の不可侵および信書の秘密は、法律によって保障される。

 

 

<参照>

その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法の成り立ち

 

        

<参考>

憲法(伊藤真 弘文堂)

日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法を知りたい(毎日新聞)

世界憲法集(岩波文庫)

ドイツ憲法集(第7版)(信山社)

Wikipediaなど

 

(2022年9月11日)