日本国憲法22条 (居住移転の自由):外国移住の権利、日本に必要だった?

 

日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。第3章の「国民の権利及び義務」(人権規定)の中から、今回は、22条の「居住・移転及び職業選択の自由」をとりあげます。

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第22条 (居住・移転及び職業選択の自由)

  1. 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
  2. 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

 

第1項で「居住・移転の自由、職業選択の自由」を定めています。居住・移転の自由は、自分の住みたい場所に住所や住まいを自分で決める、そこで、経済活動を営むことができるということを保障しています。職業選択の自由とは、自分の職業を自分で選んで決めて、その職業に就き、選択した職業を遂行する権利(「遂行の自由」)です。さらに、自分が雇われる場合だけでなく、営利を目的として営業主となる場合の「営業の自由」も保障されています。

 

第2項では、外国に移住し日本国籍を離脱する権利を保障しています。外国移住には一時的な海外旅行(海外渡航の自由)も含まれると解されています。

 

日本国憲法第22条は、国家によって妨げられることなく、国内における居住移転の自由を1項で、国外への居住移転の自由を2項で保障し、この後に学ぶ財産権の保障(29条)とともに、資本主義経済の発展を支えています。

 

帝国憲法下においても、自由な経済活動の前提となる居住・移転の自由を保障していましたが、職業選択の自由に関する規定はありあませんでした。戦前、「家」制度の影響で、家業は引き継ぐものであるという考え方が浸透しており、個人の職業選択に限りがあったことが背景にあると見られています。

 

帝国憲法第22条(居住・移転の自由)

日本臣民ハ 法律ノ範囲内ニ於テ 居住及移転ノ自由ヲ有ス

日本臣民は、法律の範囲内において、居住と転居の自由を有する。

 

しかも、認められていた「居住及び移転の自由」に関しても、その権利保障は限定的だったと指摘されています。明治憲法における国民の自由・権利の保障は、すでに何度か取り上げたように、「法律の範囲内において」という表現を用いて、その権利に制限が加えられることが可能でした。このように人権を法律で制限することを、憲法学上「法律の留保」と言うのですが、「法律の留保」は必ずしも悪いのではなく、ワイマール憲法を含む欧州を中心とした大陸法の世界では、「法律の留保」は普通に置かれています。

 

 

<22条成立の経緯>

では、明治憲法では認められていなかった職業選択の自由は、日本国憲法ではどのように保障されるようになったのでしょうか。その経緯をみてみましょう。

 

まず、日本政府が自ら作成していた憲法問題調査委員会(松本委員会)試案によれば、次のように、帝国憲法第22条を基本にして、法律の留保を残しつつ、職業選択の自由も付記していました。

 

  • 松本試案

日本臣民は居住および移住の自由、ならびに職業の自由を有す、公益のため必要なる制限は法律の定むる所による

 

一方のGHQ案は、帝国憲法で定められていた居住移転の自由に加えて、外国移住、国籍離脱の権利が加えられました。また職業選択の自由は、次条でとりあげる学問の自由とともに別の条文で起草しています。

 

  • GHQ案
  1. 結社、運動および住居選定の自由は、一般の福祉と抵触せざる範囲内において何人にもこれを保障する。
  2. 何人も外国に移住し、または国籍を変更する自由を有す。

 

  • GHQ案

学究上の自由および職業の選択はこれを保障す

 

このGHQ案に対する日本政府の3月2日案では、これらの権利を受ける主体(人々)を、GHQ案の「何人も」から「すべての国民は」に変更されました。また職業選択の自由も学問の自由と切り離し、居住移転の自由などを定めた条文に加えました。

 

  • 3月2日案
  1. すべての国民は、公共に福祉に牴触せざる限りにおいて、居住、移転および生業選択の自由を有す。
  2. 国民は、外国に移住しまたは国籍を離脱するの自由を侵さるることなし。

 

その後、GHQとの「協議」によって、「すべての国民は」を、外国人を含む「何人も」に再度、修正された後、帝国憲法改正案として議会に提出され、現行の22条となりました。

 

<22条の出自>

居住・移転、職業選択の自由についての直接的な規定は合衆国憲法にはありません。では、GHQはマッカーサー草案とも呼ばれる起草案を作成する際に、参考にした法規は何だったかと言えば、やはりドイツのワイマール憲法であると想定されます。

 

ワイマール憲法(第111条)

すべてのドイツ人民は国内において移動の自由を有する。何人も国内の任意の地に滞在し及び定住し、土地を取得し、各種の営業をなす權利を有する。これに対する制限は国の法律によることを要する。

 

ワイマール憲法(第112条1項)

各ドイツ人は、ドイツ以外の諸国に移住する権利を有する。移住は、国の法律によってのみ、これを制限することができる。

 

22条はアメリカ制?

ところで、22条に関して、どうして日本国憲法に第2項(外国移住と国籍離脱の自由)を書く必要があったのかと疑問を呈する向きもあります。一般的に憲法の人権規定は、かつて人権侵害があったから、そうならないように憲法の中で保障されるという見解があります。だとすると、戦前の日本で、外国に移住できないことが社会の問題としてあったのか?そもそもどれだけの人たちが外国に移住していたのかと考えれば、ごくごくその数は極めて限定的であったのではないのかという疑問がでてきます。

 

しかし、このことを移民の国、アメリカ合衆国に置き換えれば、外国移住の自由は、彼らにとっては切実な問題と言えます。こういった点からも日本国憲法はアメリカ製であるとの批判も避けられないかもしれません。

 

 

<22条の普遍性>

その一方で、日本国憲法の普遍性という観点からいえば、2項を含めた22条が定められたことは極めて重要です。

 

西洋社会においては、中世の時代、ゲットーと呼ばれる場所での居住を強いられたユダヤ人や、同じ民族が政治的に分断されている南北朝鮮や、冷戦期の東西ドイツなどを思い起こせば、外国を含む居住・移転の自由がいかに大切な自由であるかは想像に難くないでしょう。世界を見渡せば、居住・移転の自由、さらにそこから派生する職業選択の自由などの経済の自由が重要であることは紛れもない事実です。

 

確かに本条に関しても、アメリカ色という疑念が拭えませんが、グローバル社会においては、現在では不可欠な人権規定といえるでしょう。実際、日本国憲法制定後に生まれた世界人権宣言には、日本国憲法22条のすべての項目が含まれています。

 

世界人権宣言(第13条1項)

すべて人は、各国の境界内において自由に移転及び居住する権利を有する。

世界人権宣言(第15条2項)

何人も、…その国籍を変更する権利を否認されることはない。

世界人権宣言(第23条1項)

すべて人は、勤労し、職業を自由に選択し、公正かつ有利な勤労条件を確保し、及び失業に対する保護を受ける権利を有する。

 

 

<参照>

その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法の成り立ち

 

        

<参考>

日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法(毎日新聞)

日本国憲法:制定過程をたどる (毎日新聞 2015年05月06日)

憲法(伊藤真 弘文社)

世界憲法集(岩波文庫)

アメリカ合衆国憲法(アメリカンセンターHP)

ドイツ憲法集(第7版)(信山社)

Wikipediaなど