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2020年10月09日

日本国憲法:まじめな解説 学問の自由(23条)

日本学術会議の新会員候補のうち6人の任命を、菅義偉首相が拒否したことについて、任命拒否は「『学問の自由』の核心である学問・専門分野の自律性、自主性への介入」、「学問の自由の侵害」であるといった抗議の声明が出されています。

 

これに対して、今回の問題は、6人の学者が学術会議の会員という「特別職国家公務員」に入れなかっただけで、「弾圧」と呼ばれるものではなく、他の研究者や一般の人々の「学問の自由」には影響はないとする意見もあります。そこで、今回、日本国憲法では、学問の自由をどのように定めているのかを吟味してみましょう。

――――

 

「学問の自由」は、日本国憲法で次のように定められています。

 

第23条

学問の自由は、これを保障する。

 

外国の憲法において、学問の自由を独立した条文として謳っている例は、ほとんどありません。内容からいって。「思想・良心の自由」や「表現の自由」の中で保障されていても差支えないとみられています。明治憲法にも、学問の自由についての規定はありませんでした。

 

では、なぜ日本国憲法では、一つの条文を設けて学問の自由を保障しているかというと、特に、戦前、国家によって都合の悪い学問や研究は、国家の政策にそぐわないという理由で弾圧の対象となってきたという事実があったからです。例えば、明治憲法下での「滝川事件」や「天皇機関説事件」などはその典型的な事例です。

 

滝川事件(1933年)

京都大学教授の滝川幸辰の講義内容が、共産主義的だとして休職処分になり、これに抗議した7教授も辞職したという事件。

 

天皇機関説事件(1935年)

天皇は国家という法人の機関にすぎないという天皇機関説を主張した美濃部達吉、貴族院議員に対して、政府は、美濃部を公職から追放し、その著書を発禁処分にした事件。

 

もともと、既存の価値を批判し、創作活動を行うことを本質とする学問は、時の権力の干渉を受けやすい性質ものであることを鑑みて、そうした「弾圧」が二度と起こらないように、また、その自由が確実に保障されなければならないという反省から、学問の自由が、憲法23条で保障されるようになりました。

 

さて、23条は、「学問の自由は、これを保障する」と簡潔に書かれているので、様々な解釈がなされ、学問の自由には、①学問研究の自由、②学問研究の結果を発表する自由、③大学における教授の自由、④大学の自治が含まれているというのが通説です。

 

  • 学問研究の自由

文字通り、公権力に干渉されることなく、自分が学びたいことを学び、研究したいことを研究できるという意味です。これは、個人の内面にとどまっていることなので、公共の福祉に制約されずに絶対的に保障されます。

 

学問研究への政府による干渉は絶対に許されないが、先端科学技術の研究がもたらす生命・健康に対する権利などへの重大な脅威・危機に対処するために不可欠と判断されれば、必要最小限度の規制を法律によって課すことも許容されると解されています。例えば、先端科学技術の研究を規制した法律として、「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」があります。

 

また、学問の自由は、真理研究そのものに向けられる作用なので、実社会に働きかけようとする実践的な政治的社会活動は、23条の問題ではありません(23条で保障されない)。

 

  • 研究発表の自由

学び研究したことを発表する権利です。こちらは学問研究の自由とは異なり、公共の福祉による制約があります。例えば、ヒトクローン研究が禁止されるなどがその事例です。

 

  • 教授の自由

自分の自由意思で学び研究した内容について、発表するだけでなく教え伝えるという権利です。ただし、研究発表の自由と同様に外部に表明することになるので、こちらも公共の福祉による制約を受けます。

 

具体的には、大学における教授の自由については、判例上も学説上も異論ありませんが、小学校や中学校の先生も自由に児童や生徒に教えることができるのかが問題とされました。現在では、「旭川学力テスト事件」判決が、下級教育機関(高等学校以下の初等中等教育)における普通教育の自由の保障についての一つの指針となっています。

 

最高裁は、この事件についての判旨で、「教師に教育の自由は一定の範囲において存在するが、合理的範囲において制限される」と述べました。つまり、小学校や中学校の義務教育では、一定の範囲での教授の自由は認められますが、教育の機会均等と全国的な教育水準の確保などの観点から、大学と同じように完全な教授の自由は認められないとしたのです。

 

旭川学力テスト事件

全国の中学2・3年生を対象に実施された全国中学校一斉学力テストに反対する教師A(被告人)が、教鞭をとる旭川市立永山中学校で、テストの実力阻止を行い、公務執行妨害罪などで起訴された事件。国が一方的に決めた全国統一学力テストは、憲法23条に規定されている教授の自由に反するのではないかが争われましたが、判決は、学力テストは合憲と判断されました。

 

 

  • 大学の自治

大学の自治とは、大学の内部組織の運営に関して、大学が権力からの干渉を受けずに、大学の自主的な運営に任される原理のことです。

 

なぜ、大学の自治が、学問の自由に含まれると考えられるようになったかは、大学に自治権を認めることによって、国民の学問の自由をより確かなものできるという考え方に基づいています。学問の自由の保障を強固にするためには、学問、研究の中心である大学の自治を制度として保障しようというわけです(憲法学ではこれを制度的保障という)。

 

大学の自治については、特に昭和20~40年代にかけてのいわゆる学園紛争の時代に、警察権との関係で多くの問題が発生しました。中でも、東京大学で発生した「東大ポポロ事件」は、警察権との関係で特に注目されました。判決では、大学の自治には以下の内容が含まれるとされています。

 

1)学長・教授その他の研究者の人事権

2)大学の施設管理権(大学の財政を含む)

3)学生の管理(学生の地位)

4)研究教育の自主決定権

 

ただし、これらの自治権が、同じ度合いで認められるのではなく、人事権は「当然」認めらるとした一方、大学施設や学生の管理については「ある程度」認められると判旨されました。

 

また、「施設が大学当局によって自治的に管理され、学生も学問の自由と施設の利用を認められる」として、大学の自治の主体は研究者のものであり、学生は大学の自治の主体ではないと指摘されました。もっとも、学問の自由は、大学における学者だけに保障される人権ではなく、国民すべてに保障される人権であると解されています。

 

東大ポポロ事件

東京大学の構内で大学公認の学生団体「ポポロ劇団」が大学の許可を得て開催した演劇発表会の観客席に、学生の情報収集のために潜んでいた私服警察官が、学生たちに発見されて逃げようとしたものの、学生たちに掴まえられ、暴力を受けた上に警察手帳を奪われた事件で、学生たちは暴力行為等処罰法違反で起訴されました。

 

裁判では、私服警官の潜入が大学の自治に反するのではないかが争われましたが、判決では、この場合の学生の集会は、大学の学問的研究発表の場ではなく、政治的社会的活動であったことから、この時の事件は大学の自治の範囲外であるとして学生側は有罪との判決が下りました。

 

また、私服警官の潜入という行為は合憲と判断されました。その理由としては、大学の自治は、直接には教授その他の研究者の研究活動のためのものであるから、学生が実生活の政治的社会的に当たる集会を開催する場合に、その集会に警察官が立ち入っても、大学の自治を侵害するものではないとされました。加えて、大学の自治も治外法権を意味するものではないから、大学の施設管理権を理由に、犯罪捜査のための警察官の構内立ち入りを拒否することはできないと>結論付けられたのです。

 

このように、学問の自由は広範囲に保障されていると解釈されています。さらに最近では、教師の教育の自由、生徒の学習の自由、学校選択の自由なども、学問の自由に含まれるとの考え方もでています。

 

以上、日本国憲法23条に定められた「学問の自由」を解説してみましたが、今回、菅総理が、日本学術会議の新会員候補のうち6人の任命を拒否した行為は、「学問の自由」の侵害だと思われますか?

 

<参考投稿>

日本国憲法:まじめな解説 幸福追求権(13条)

日本国憲法;まじめな解説 表現の自由(21条)

 

 

<参照>

憲法(弘文堂、伊藤真)など