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2020年06月08日

憲法:21条(表現の自由)はいかにして生まれたか?

これまでに、「表現の自由」が憲法でどのように保障されているかについて、日本国憲法21条と、それに対応する帝国憲法(明治憲法)第26・29条をみてきました。

 

今回は、日本国憲法21条がどのような過程を経て生まれたのかを見てみます。これまでに問題提起してきた「明治憲法『悪』、日本国憲法『善』」の構図は、GHQ(連合国軍総司令部)の占領期に確立されたという言い方も可能です。GHQの意図を探ることによって、日本国憲法21条をよりよく理解できるかもしれません。

 

そのためにも、日本国憲法設立の経緯についてまとめた投稿記事「『日本国憲法は10日間で書かれた』を考える」を是非読まれた上で、お進み頂ければと思います。

――――

 

  • 日本国憲法の「表現の自由」

 

第21

  1. 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
  2. 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

 

「表現の自由」は、心の中で考えていることや感じたことを、言論や出版などを通して自由に外部に表わすことができる権利で、民主政の政治過程にとって不可欠な人権です。

 

第1項で、まず「集会の自由」と「結社の自由」、「言論の自由」と「出版の自由」を例示して認め、さらに、たとえ明言していなくても「その他一切の」表現の自由を保障しています。「その他一切」の中には、「表現の自由」を享受できるためになくてはならないメディアの報道や取材の自由、さらには国民の「知る権利」も含まれています。

 

また、第2項の前段では、検閲を表現の自由の最も重大な脅威とみなし、絶対的に禁止しています。公共の福祉を理由とする例外も認めない趣旨を明らかにしたものと解されています。なお、検閲とは、公権力(国)が、言論や出版などの表現活動を事前に検査し、不適当と判断する場合には発表を禁止したり、その内容などについて削除や訂正を求めたりすることです。さらに、第2項の後段では、私生活・プライバシー保護の一環としても重要な通信の秘密も保障しています。

(詳説については、「日本国憲法:まじめな解説 表現の自由21条」を参照)

 

このように、表現の自由を徹底して保障し、実際に運用されているのは、やはり戦前の日本において、表現の自由の侵害による著しい人権侵害があったからだとされています。もっとも、次のように帝国憲法においても表現の自由は保障されていました。

 

 

  • 明治憲法の「表現の自由」

 

帝国憲法 第29条

日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於(おい)テ 言論著作印行(いんこう)集会及結社ノ自由ヲ有ス

日本臣民は法律の範囲内において、言論・著作・印行・集会及び結社の自由を有する。

 

印行:印刷して発行すること

 

 

帝国憲法 第26条

日本臣民ハ 法律ニ定メタル場合ヲ除ク外(ほか) 信書(しんしょ)ノ秘密ヲ侵サルヽコトナシ

日本臣民は法律で定められた場合を除いて、通信の秘密を侵されることはない

 

信書:特定の個人にあてた通信文を記載した文書、手紙のこと。

 

しかし、「法律の範囲内において」という留保(条件)があり、法律によりさえすれば、通信の秘密を含む表現の自由は制限されました。戦前の治安警察法や治安維持法などの法律をみれば、わかる通りです。

(詳細については、「明治憲法:善意と悪意の解説 表現の自由26・29条」を参照)

 

とりわけ問題になったのが検閲でした。戦前、出版法、新聞紙法、映画法などに基づいて、内務省が書籍、新聞、映画などの表現物の検閲を行なっていました。制作者は特高警察に逮捕され拷問を受け、時には死に至らしめるということまでありました。このように、検閲は政府を批判する言論の抑圧に使われてきたのです。

 

こうした背景から、GHQは、表現の自由について、徹底した規定を盛り込んだと解されています。もっとも、GHQ自身も円滑な占領政策遂行のために、検閲を実施していたこともまた事実ですが…。

 

では、次に21条制定プロセスをみてみましょう。

 

 

  • 松本案とGHQ案

 

まず、GHQによる帝国憲法の改正要請(実際は指示)を受けて、当時の幣原内閣の憲法問題調査委員会(松本委員会)が出した政府案では、以下のような改正試案が出されていました。

 

帝国憲法29条改正案

日本臣民は言論、著作、印行、集会及結社の自由を有す、公安を保持する為必要なる制限は法律の定むる所に依る

 

帝国憲法26条改正案

日本臣民は其の信書の秘密を侵さるることなし、公安を保持する為必要なる制限は法律の定むる所に依る

 

松本案では、明治憲法の「法律の範囲内において(法律に定めたる場合を除くほか)」の部分を、「公安(治安)を保持するためだけに制限する」と変更されました。しかし、日本を民主化することが至上命令であるGHQからすれば、この程度の改正は不十分であるとして、次のようなGHQ(総司令部)案を出します。そこには、検閲禁止の規定なども加えられていました。

 

(GHQ案は、松本案に不服であったマッカーサーが、マッカーサー3原則に従って、GHQのスタッフにわずか10日あまりで書かせたもの。詳細は、投稿「『日本国憲法は10日間で書かれた』を考える」を参照)

 

GHQ案

  • 集会、言論および定期刊行物ならびにその他一切の表現形式の自由を保障する。検閲はこれを禁じ、通信手段の秘密はこれを侵すべからず
  • 結社、運動および住居選定の自由は一般の福祉と抵触せざる範囲内に於て何人にも之を保障する(以下略)

 

 

  • 日本政府の「3月2日案」と最終案

 

そこで日本側が起草した「3月2日案」では、「極端な風俗壊乱」を防ぐためであるという理由から「公共の安寧秩序」という文言を付記して「法律の留保」を復活させました。

 

(「3月2日案」とは、日本側はGHQ草案に原則として沿う形で案を練り直すことが求められ、3月4日にGHQに対してとして再提出した改正案のこと)

 

3月2日案(政府案)

  • すべての国民は安寧秩序を妨げざる限りにおいて、言論、著作、出版、集会及結社の自由を有す。検閲は法律の特に定むる場合のほかこれを行うことをえず。
  • すべての国民は信書その他の通信の秘密を侵さるることなし。公共の安寧秩序を保持するため必要なる処分は法律の定むる所による

 

 

しかし、その後、GHQ側との協議(審議)で、追加された「(公共の)安寧秩序」の規定は、「濫用のおそれあり」として、GHQ(総司令部)から拒否されました。こうして、最終的にできた帝国憲法改正案では、「法律の留保」の部分はすべて削除され、現行の21条とほぼ同じものになったのでした(結局、最初のGHQ案に戻された形)。

 

 

  • 日本国憲法21条のたたき台は?

 

ところで、表現の自由についての規定に関して、アメリカの合衆国憲法では、信教の自由と請願権とともにまとめて規定されていますが、日本国憲法21条で定めた「結社の自由」や、「検閲禁止」、「通信の秘密」についての規定はありません。

 

合衆国憲法修正第1

連邦議会は、国教を定めまたは自由な宗教活動を禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて政府に請願する権利を制限する法律は、これを制定してはならない

 

そうすると、GHQは、何を根拠に、GHQ案をあの短期間の間に起草したのかを考えると、ドイツのワイマール憲法がたたき台になったことが想定されます。ワイマール憲法は、当時、世界で最も民主的な憲法と評価されるともに、自由世界にあって最も社会主義的な憲法とも言われています。

 

ワイマール憲法117(通信の秘密)

信書の秘密ならびに郵便、電信・電話の秘密は不可侵である。例外はライヒの法律によってのみ、許される。

 

ワイマール憲法118(表現の自由一般と検閲の禁止)

各ドイツ人は、一般法律の制限内において、言語、文書、印刷、画面、図画または、その他の方法で、その意見を自由に表明する権利を有する。(後略)

検閲は行なわない。ただし、映画については、法律によって別段の規定を設けることができる。(後略)

 

ワイマール憲法123(集会の自由)

すべてのドイツ人は、届出または特別の許可なしに、平穏に、かつ武器を携帯しないで、集会する権利を有する。

 

屋外の集会は、ドイツの法律によって届出の義務あるものとなし、かつ、公共の安全に対して直接の危険があるときは、これを禁止することができる。

 

ワイマール憲法124(結社の自由)

すべてのドイツ人は、刑法に反しない目的のために、社団または組合を結成する権利を有する。(後略)

 

 

<参考投稿>

日本国憲法:まじめな解説 表現の自由21条

明治憲法:善意と悪意の解説 表現の自由26・29条

『日本国憲法は10日間で書かれた』を考える