2019年11月20日

皇室:【概説】大嘗祭の「大嘗宮の儀」

天皇陛下の即位に伴う最も重要な皇室祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」の中心儀式「大嘗宮の儀」について、まとめてみました。

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  • 大嘗祭とは

 

「大嘗祭(だいじょうさい)」は、天皇陛下の即位に伴って行われる皇室行事で、天皇が一代に一度臨まれる伝統的な皇位継承儀式です。例年11月には、「新嘗祭(にいなめさい)」と呼ばれる宮中祭祀があり、皇居内の神嘉殿(しんかでん)で、天皇が新穀(初めてとれたお米)を、皇祖、天照大神をはじめ神々に供え、自らも食し、五穀豊穣(ごこくほうじょう)と国家安寧を祈られます。即位した天皇が最初に行う際は大嘗祭として大規模に実施され、その中心的儀式が「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」です。

 

実は、「大嘗祭」に関する一連の儀式は、令和元(2019)年5月8日、皇居の「宮中三殿」で、天皇陛下が大嘗祭の中心的な儀式の期日を皇室の祖先や神々に伝えられる儀式から始まっていました。

 

5月13日には、大嘗祭で使う米を収穫する2つの地方を決める「斎田点定(さいでんてんてい)の儀」が、宮中三殿にある国内の神々をまつる神殿で行われました。儀式では、亀の甲羅をあぶってひびの入り具合で物事を定める、「亀卜(きぼく)」と呼ばれる宮中に伝わる占いが行われ、「大嘗祭」で使う米を収穫する東の「悠紀(ゆき)」地方に栃木県が、西の「主基(すき)」地方に京都府が選ばれました。

 

その後、米を収穫する「斎田」が決まりました。「斎田」は「大嘗祭」で使う米を収穫する田んぼのことです。栃木県は「とちぎの星」という品種が作付けされた高根沢町の田んぼに、京都府は「キヌヒカリ」という品種が作付けされた南丹市の田んぼに決定しました。「斎田」に選ばれた田んぼの所有者である「大田主」さんも「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」に参列されます。

 

そして9月27日、栃木、京都それぞれの田んぼで、米を収穫する儀式、「斎田抜穂(さいでんぬきほのぎ)の儀」が行われました。収穫された精米と玄米は宮内庁が買い取り、皇居に納められました。こうした準備をへて、2019(令和元)年11月14日~15日に、大嘗祭の中心的な儀式である「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」が挙行されることになりました。

 

  • 大嘗宮の儀とは?

 

「大嘗宮の儀(だいじょうきゅうのぎ)」は皇居・東御苑に特別に設営された「大嘗宮」という建物で、夕方から翌日の夜明け前まで行われます。今回の儀式は、14日午後6時半から、東日本の新穀を供える「悠紀殿供饌の儀(ゆきでんきょうせんのぎ)」が行われ、15日午前0時半から、西日本の新穀を供える「主基殿供饌の儀(すきでんきょうせんのぎ)」が行われました。なぜ夜中なのかというと、即位を内外に宣言する即位礼は、政治的な儀式ですから、昼間に行われる一方、神祭りの儀式は古来、夜に行われてきたという背景があります。

 

「大嘗宮」は、大小30余りの建物が建てられています。主祭場は、中央の左右に配置されている「悠紀殿(ゆきでん)」と「主基殿(すきでん)」で、それぞれ入り口側の「外陣(げじん)」と奥の「内陣」に分かれています。

 

外陣には皇位の証しとされる三種のうち剣と曲玉、それから璽(じ)が置かれます。内陣は儀式を行う場所で、天皇陛下が皇祖神とされる天照大神と神々に、神の食事である神饌(しんせん)を供える部屋です。

 

「悠紀殿」と「主基殿」の奥には廊下でつながった「廻立殿(かいりゅうでん)」という建物があり、「大嘗宮の儀」に先立ち、天皇皇后両陛下が身を清めたり着替えられたりされます。

 

祭祀の間、他の皇族方や、一般参列者が入られる建物として、次のような建物があります。

帳殿(ちょうでん):皇后さま

小忌幄舎(おみあくしゃ):秋篠宮さま

殿外小忌幄舎(でんがいおみあくしゃ):女性皇族方
幄舎(あくしゃ):一般参列者

 

「大嘗宮」にはこのほか、宮内庁の「楽部(がくぶ)」が雅楽を演奏する建物や全国の都道府県から集められた特産物が並べられる庭積帳殿(にわづみのちょうでん)や、それにかがり火をたく建物などが設けられています。

 

では、「大嘗宮の儀(だいじょうきゅうのぎ)」がどのように行われるかをみてみましょう。

 

  • 悠紀殿供饌(ゆきでんきょうせん)の儀

 

午後6時すぎに、神に供える食事を準備する「膳屋(かしわや)」の方から、宮内庁楽部の楽師が歌う「稲舂歌(いなつきうた)」が流れます。すると、大嘗宮の庭である庭積帳殿(にわづみちょうでん)に、全国各地の特産物、「庭積の机代物(にわづみのつくえしろもの)」が供えられ、神々に向けて披露されます。その数は全国47都道府県から221品目にもなります。

 

徳仁天皇は、大嘗宮の北端にある廻立殿(かいりゅうでん)で、身を清めるられた後、帛御袍(はくのごほう)と呼ばれる束帯姿から、神事服で最も格式の高い白い装束「御祭服(ごさいふく)」に着替えられます。この「御祭服」は、陛下が自ら、「神饌(しんせん)」と呼ばれる新穀などのお供え物をささげる大嘗祭と新嘗祭にのみお召しになられる特別なものです。

 

そうして、「廻立殿」を出られたあと、皇嗣の秋篠宮さまとともに廊下を進まれます。その際、侍従の持つたいまつ「脂燭」の明かりに導かれ、皇位の証しとされる剣と璽や、裾を持つ侍従、「御菅蓋(おかんがい)」と呼ばれるすげがさを持った侍従を前後に従え、陛下は、大嘗宮の東側にある悠紀殿に進み、その外陣に入られ、「悠紀殿供饌(きょうせん)の儀」が始まります。

 

一方、皇后さまは純白の十二単(ひとえ)に身を包み、天皇陛下のあと「廻立殿」を出て女性の皇族方とともに廊下を進まれます。そして「悠紀殿」のそばにそれぞれ設けられた「帳殿(ちょうでん)」に入り、「悠紀殿」に向かって拝礼されます。

 

皇后さまのご退出後、神饌を準備する「膳屋(かしわや)」から神への供え物を運ぶ「神饌行立(しんせんぎょうりゅう)」が始まります。「筥(はこ)」に入った米とアワの飯や酒、鮮魚や干物、果物など、供え物の「神饌(しんせん)」が運び込まれます。なお、このときの米は東の「悠紀」地方に選ばれた栃木県の米が供えられます。

 

続いて陛下は、「オーシー」という掌典の声の後、悠紀殿奥の内陣に入られます。宮内庁などによると、内陣には、中央に畳表と坂枕、覆衾(おふすま)(絹の布)を重ねた「寝座(しんざ)」が設けられています。そこは神が休む場所とされ、神のための布団と枕や服が置かれているわけです。また、寝座の西側には、神が座るための神座と、伊勢神宮のある南西の方角を向くように敷かれた天皇がすわるための御座が設けられています。

 

さて、内陣に入り、儀式(神事)に臨まれるのは陛下と、采女(うねめ)と呼ばれる2人の女官だけです。密室でどのような神事が行われるかは「秘事」とされ、皇太子(皇嗣)や皇后も儀式を目にすることはできません。皇后さまは、前述したように「帳殿(ちょうでん)」、秋篠宮さまは「小忌幄舎(おみあくしゃ)」に、女性の皇族方は、「殿外小忌幄舎(でんがいおみあくしゃ)」に入って拝礼されます。安倍首相ら一般の参列者は「柴垣」の外にある「幄舎(あくしゃ)」という建物に入り、儀式の様子を見守ります。

 

内陣で、どのような儀式が行われるかは非公開であり、宮内庁や、歴史的な文献から、おおよそ次のように推察されています。

 

(1)神饌を供える

陛下は、伊勢神宮の方を向いて内陣の御座に座り、采女(うねめ)2人の介添えで、米、粟(あわ)、魚や海藻、アワビの煮物、果物、白酒(しろき)、黒酒(くろき)など、神座に並べられた神饌(食べ物)を、竹箸(ばし)を使って箱から三個ずつ柏の葉の皿に載せ、天照大神とすべての神々に自ら供えられます。箱から皿へ移す回数は五百回を超えるとも言われています。このため、内陣で過ごされる約2時間半のうち、1時間20分は、この神饌を神々に供える動作に充てられるそうです。

 

(2)拝礼してお告げ文を読む

陛下は、神饌のお供えに続いて、拝礼され、五穀豊穣と国と国民の安寧を祈る御告文(おつげぶみ)を奏上されます。

 

(3)神と共に食する直会

ご自身も、新穀、粟、神酒(白酒しろき、黒酒くろき)を口にする直会(なおらい)が行われます。徳仁天皇が口に運ばれるのは、3口の新穀と粟(あわ)のみと言われています。

 

こうして、悠紀殿での儀式は約3時間で終了し、同じような儀式が主基(すき)殿でも行われます。

 

 

  • 主基(すき)殿供饌の儀

その後、引き続き、悠紀殿と同じ構造の主基殿(すきでん)で、西日本の主基斎田(京都府南丹市)の新米などを供える「主基(すき)殿供饌の儀」が、日付けの変わった午前0時半ごろから始まります。儀式は同じような所作で行われ、午前3時半頃まで続きます。

 

 

  • 謎の多い祭祀の根源

 

大嘗宮の最奥部、すなわち悠紀(ゆき)殿と主基(すき)殿の内陣で何が行われるのかは、前述したように、秘事とされています。ただし、昭和の大嘗祭の2年後の1930(昭和5)年、民俗学者の大家、折口信夫は古事記などの神話から連想し、「新天皇が寝座で覆衾(おうふすま)にくるまれることで『天皇霊』を身につける」とする「真床(まとこ)覆衾」論を唱えました。折口は、「天皇霊が(身体に)這入(はい)つて、そこで、天子様はえらい御方となられるのである」と書き記し、大嘗宮の儀では、悠紀殿・主基殿に置かれた寝具(寝座)で天皇霊と天皇が一体になる「秘儀」が行われるとしているのです。戦時中の国定教科書には、大嘗祭の「大嘗宮の儀」を「天照大神と天皇が一体となる神事」として掲載されていたそうです。

 

しかし、宮内庁や学者らは、寝座は、天照大神のための場所ですから、「天皇でさえ入ることはできない場所だ」と論じ、天皇が神格を得るとする秘儀説を否定しています。平成2年の大嘗祭直前にも、宮内庁は「天皇が神格を得る秘儀というものはない」「天皇は寝床に触れることすらありません」と否定するコメントを出しています。

 

「大嘗宮」は、11月21日から12月8日までの18日間の日程で、一般公開した後、取り壊されます。

 

 

  • 政教分離の原則との整合性めぐり議論

 

大嘗宮の儀は、皇室が祖とする天照大神や神々に新米をはじめとした「神饌(しんせん)」を供えるなど宗教色(神道色)が強いため、憲法上の国事行為である「即位の礼」とは別に、皇室行事として行われました。ただし、政府は、平成時(1990年11月)と同じように、天皇の一世一代の儀式であって「公的性格がある」として宮廷費(国費)を支出しています。今回の関連予算は、大嘗宮の建設費など計24億4300万円と見込まれています。なお、新嘗祭は皇室の私的な宗教行事として、天皇家の私的活動に使う「内廷費」でまかなわれています。

「大嘗祭」は前回、平成2年に戦後の新しい憲法のもとで初めて行われましたが、政教分離の原則との整合性をめぐってさまざまな議論が生じ、裁判でも争われました(結果は政教分離違反とは認められなかった)。

 

 

<参照>

「大嘗祭」厳かに…天皇陛下、大嘗宮で祈り

(2019/11/15、読売)

厳かに大嘗祭、とばり奥で静かに祈り=かがり火、陛下照らす

(2019/11/15、時事通信)

「大嘗祭」 儀式の内容から歴史までを詳しく

(2019年11月14日 NHK news web)

大嘗祭で供える麻織物「麁服(あらたえ)」

(2019.11.12産経West)

大嘗祭の織物作りを後世に 徳島など、地域で技術継承

(2019/11/15、日経)

皇居で大嘗祭 未明まで伝統儀式

(時事ドットコム2019/11/15)

いよいよ大嘗祭 夜通し行われる「秘儀」とは?

(2019.11.14 週刊朝日)

「大嘗祭」で天皇はどんな秘儀をするのか、過去の例から紐解く

(2019/03/01、SAPIO2019年4月号

大嘗祭|皇位継承式典 平成から令和へ 新時代の幕開け

(NHK News Web)

<代替わり考 大嘗祭>(上) 密室で安寧と豊穣祈り

(2019年11月13日、東京新聞)

天照大御神から伝わる重要祭祀「大嘗祭」はこのように行われる

(2019.11.13 産経)

大嘗宮の儀、厳かに 即位行事「大嘗祭」の中心的儀式

(毎日新聞2019年11月14日)

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