2019年07月07日

ニュース:「仁徳天皇陵古墳」など世界遺産に正式決定

「百舌鳥・古市古墳群」世界遺産に決定 国内23件目、陵墓は初

(2019.7.6、産経新聞)

 

アゼルバイジャンの首都、バクーで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は6日、世界最大級の墳墓である「仁徳天皇陵古墳」(大山(だいせん)古墳)を含む「百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群」(大阪府)を世界文化遺産に登録すると決定した。天皇や皇族の墓として宮内庁が管理する「陵墓」の登録は初めて。

 

日本国内の世界遺産は昨年の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎県、熊本県)に続き23件目で、7年連続での登録となる。内訳は文化遺産が19件、自然遺産が4件。

 

大阪で初の世界遺産となる百舌鳥・古市古墳群は、百舌鳥エリア(堺市)と古市エリア(羽曳野市、藤井寺市)にある計49基の古墳で構成。4世紀後半から5世紀後半、大陸と行き来する航路の発着点だった大阪湾を望む場所に築造され、墳丘の長さが486メートルもある国内最大の仁徳天皇陵古墳や425メートルの応神天皇陵古墳(誉田御廟山=こんだごびょうやま=古墳)など大規模な前方後円墳が集中している。ほかに数十メートルの円墳や方墳、帆立て貝形など多様な規模と形状を持つ古墳があり、被葬者の身分や権力を示すとされる。このうち陵墓は29基で、ユネスコ諮問機関のイコモスが今年5月、「傑出した古墳時代の埋葬の伝統と社会政治的構造を証明している」として登録を勧告していた。

 

一方、イコモスでは「都市における開発圧力が懸念される」とも指摘しており、今後は住宅地に密接する古墳の厳正な保存管理が求められる。陵墓も含まれるため、観光客の受け入れ態勢をどう整えていくかも課題になりそうだ。

 

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<詳説>

百舌鳥・古市古墳群

百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群は、百舌鳥エリア(堺市)と古市エリア(羽曳野市、藤井寺市)にある計49基の古墳で構成(全国に古墳は約20万基あるとされる)され、4世紀後半から5世紀後半の古墳時代の最盛期に築造されました。当時は、前方後円墳の巨大化が図られた時期に当たっていたとされ、大規模古墳が威容を誇っています。

 

百舌鳥・古市古墳群の中でも最大の古墳は、「仁徳天皇陵」(「大山(だいせん)古墳」の別名もある)です。仁徳天皇陵はクフ王のピラミッド、秦の始皇帝陵と共に「世界三大墳墓」に数えられており、堺市公式サイトによると、墳丘の長さは486メートルで、三重の濠(ごう)を巡らしており、その全長は840メートルにも及ぶ。墳墓としては世界最大級の大きさを誇ると言われています。現在は森のように見ますが、かつては、古墳の斜面には石が敷き詰められ、墳丘の平面に埴輪(はにわ)が置かれていたとみられています。工期は15年8カ月に及び、作業員数が延べ680万7000人(ピーク時で1日当たり2000人)、総工費は796億円に上ったとの試算もあります。

 

古墳群には仁徳天皇陵以外に、応神天皇陵(長さ425メートル)(応神天皇は仁徳天皇の父)や履中天皇陵(同360メートル)(履中天皇は仁徳天皇の子)などの巨大古墳(前方後円墳)が含まれています。(応神天皇陵古墳は誉田御廟山=こんだごびょうやま=古墳ともいう)巨大な前方後円墳以外にも、数十メートルの円墳や方墳、帆立て貝形など多様な規模と形状を持つ古墳があり、被葬者の身分や権力を示すとされています。

 

また、49基の古墳群のうち天皇家の墓とされる陵墓は29基で、被葬者も中国の歴史書「宋書」に記された「倭(わ)の五王」に関係すると考えられています。王墓の在り方から、当時の日本は、中国のような中央集権的な専制国家ではなく、「ヤマト政権」という首長連合の政治体制であったと見られています。200メートル以上の前方後円墳11基が河内(現在の大阪の藤井寺市、柏原市など)や和泉(和泉市)地域にあったことから、この地域の勢力が、当時、王権を掌握したとの見方もでています。

 

加えて、古墳群は、大陸と行き来する航路の発着点だった大阪湾を望む場所に築造され、金銅製の馬具や鉄製の甲冑(かっちゅう)、刀剣、ガラス器などが出土されています。朝鮮半島から中国、ペルシャの影響を受け、東アジアと交流があったことが推察されています。

 

<参考>

威容誇る大規模古墳=古代政権と密接に関係-世界遺産

(2019年07月07日、時事ドットコム)

「仁徳天皇陵」初の共同発掘へ。世界遺産指定を目指す「日本最大級の古墳」のミステリー

(Huffpost 2018年10月15日)

 

 

 

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